2020/06/21 大森靖子@LIVE HUMAN 2020

新型コロナウイルス感染症の影響による緊急事態宣言も解除され、徐々に平常を取り戻しつつある、というよりは多少無理にでも平常を取り戻していかなければならないようなムードが漂う一方、僕が今年の2月頃まで十数年以上欠かさず、多い時には週に何回も通っていたライブに再び行けるようになるのは、もう少し先の話になりそうだ。この4年間で最も数多く通うようになった大森靖子さんのライブも、今年の1月24日、25日の47都道府県ツアーの鹿児島、宮崎公演に行ったのが最後だ。そんな大森さんの久しぶりのライブを、配信ではあるが6月21日の「LIVE HUMAN 2020」で観た。

  「LIVE HUMAN 2020」は6月20日、21日の2日間に渡って総勢24組のアーティストが出演するオンラインフェスで、ABEMAで配信が行われた。そのうち2日目である21日に、大森さんを始めとするSIRUP、NOT WONK、tricot、SKY-HI、東京スカパラダイスオーケストラといった12組のアーティストが出演した。視聴料金は各日3,000円で、最初は少し高いかな?と思ったが、見終わってみると決して高くないどころか、配信ならではの一定期間アーカイブを見られる点まで含めれば相当割安なのではないかと思った。

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当日は昨年リリースされたアルバム『FEEL GOOD』で気になっていたトップバッターのSIRUPから観たのだが、SIRUPが「大きい声を出すのが久しぶり」と嬉しそうに言っていたのが印象的で、ミュージシャンも自分達と同じ人間なのだなと当たり前のことを思ったりした。また、配信全体を通してサッシャさんとあっこゴリラさんがMCを務めていたのだが、二人の各アーティストについてのコメントが的確で面白く、こんな風に自分の思考を言語化できたらいいなと羨ましい気持ちにもなった。

そして、最後に観たのは何年前かのボロフェスタだっただろうかと思いつつtricotを観て、いよいよお目当ての大森さんの出番になった。3月以降では大森靖子としては初めての録画ではなく編集もないリアルタイムでのライブ(ZOCとしては3月27日に無観客の配信ライブを行なっている。)ということもあり、大森さんが何を考え、どのようなパフォーマンスをするのか楽しみだった。ところで、このフェスでは事前にライブのセットリストを公開するという企画が行われていた。ただし、曲名にはモザイクがかけられていて、うっすらとタイトルの長さや曲数が分かる程度になっており、それを基にセットリストを予想して楽しむという趣旨だと思われるが、個人的には少し興醒めする企画だと思いながら見ていた。ところが、MCから大森さんについては事前にセットリストが提出されなかったとの発表があり、それを聞いた僕は大森さんがそうしてくれたことへの安堵感と嬉しさを感じたのと同時に、俄然この後のライブへの期待が高まった。そして18時半になり、大森さんのライブが始まった。

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この日はキーボードのsugarbeansさんとの2人体制で、ステージの中央に大森さん、上手にsugarbeansさんという配置で、奥にハミングバードが置かれているのも目に入った。大森さんの衣装はレースの付いた柄物の赤いワンピースで、髪にも赤いブローチを着けており、靴はグッチの黒いブーツだった。いつも大森さんのライブを見守っているクマのぬいぐるみのナナちゃんは不在で、代わりにナナちゃんの画像を映したiPadらしきものがステージ奥の台の上に置かれていた。

冒頭に大森さんは小さな声で囁くように「私とあなたが一人と一人同士の魂で繋がれることがどんなに尊いことでしょう。私と秘密の濃厚接触してください。君に届くな。」と言って、sugarbeansさんが一曲目の“君に届くな”のイントロを弾き始めた。実はリアルタイムで観た時には不意を突かれてしまい、「・・・秘密の濃厚接触してください。」の部分しか聞き取れなかったのだが、それもあってグッとライブを観る集中力が高まった。最初に顔を隠すように両手を重ねたポーズを取っていたり、無音の中での語りから始めたりと、常にどうやって観客を引き付けるかを考えながらパフォーマンスをする大森さんのライブ感覚は健在なのだと思った。“君に届くな”ではワンピースの裾を持って大きくはためかせたり、ピンクのマイクケーブルを束ねて持ちながら歌ったりと“映える”シーンが多かったのも、大森さんが配信ライブであることを多少なりとも意識したものだったように感じた。僕自身、歌とsugarbeansさんの演奏の素晴らしさも相まって、一曲目から画面に釘付けにさせられてしまった。

続けてsugarbeansさんの伴奏で“死神”と音源未発表の新曲“KEKKON”が披露された。この流れが実に見事で、特に“KEKKON”では最初に大森さんがギター弾語りで歌い、1番の最後からsugarbeansさんの演奏が加わるというアレンジがドラマティックで鳥肌が立ち、大森さんの泣くのを堪えるようなエモーショナルな歌声にも心を揺さぶられた。“死神”と“KEKKON”を続けて聴くと、二つの曲で一つの物語を形成しているように感じられ、“KEKKON”は“死神”に登場する「僕」と「君」の、その先のストーリーなのかもしれないと思った。セットリストの序盤にいきなりクライマックスを迎えるようなsugarbeansさんとの3曲を持ってきたのも大森さんの意図だったと思うが、この日のsugarbeansさんの演奏もまた格別だったので、僕はこの3曲を観た時点で半ば放心状態になっていた。

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ここで大森さんは静かに語りかけるように「僕たちは壊れれば壊れるほど美しい。壊して、バラバラになった欠片を拾い集めて、金継ぎして、僕たちだけの侘び寂びで、僕たちだけの美しさを見つけて光っていくのだから。何も怖いものはないのさ。」と言ってからギターをかき鳴らし、4曲目の“マジックミラー”を歌い始めた。この曲では大森さんもステージも真っ赤な照明で覆われていて、先ほどまでとはまた違った緊張感を感じた。曲の終盤では「あたしの有名は 君の孤独のためだけに光るよ 君がつくった美しい君に 会いたいの」という歌詞をアカペラで歌いながら右手の小指を前に突き出すシーンがあり、普段は目の前にいる観客に向けて歌っているこの歌詞を、画面の向こうにいる「君」に精一杯届けようとする意思が伝わってきた。この日のライブ後のインタビューでは「お前いつもいるなっていう人達がなんでいないんだろうっていう。バカじゃないのって気持ち。寂しいなって思いました。」と笑いながら言っていたが、やはり大森さんも無観客の状況にもどかしさを感じながらライブをしていたのだろう。それでもこの日は大森さんが画面の向こう側で見ているであろう人達を想像しながら、今出来る限りの表現をしようという誠意が伝わってくるライブだったし、その想いとそれをパフォーマンスに昇華させる能力という点では今回のフェスの出演者の中でも別格だったと思う。

ここまでのライブを観ながら、ふと大森さんに会いたいという気持ちが湧き上がって寂しくなってしまったのだが、その後の“絶対彼女”(歌詞はFeat. 道重さゆみバージョン)を普段より早いテンポで歌っているのを聴きながら「あれ、もしかして巻いてる?笑」と思ったら、何だかいつも通りのライブを観ているような気分になって不思議と肩の力が抜けた。実際に、その後の“ミッドナイト清純異性交遊”、“VOID”、“あまい”の3曲はメドレーのように演奏しており、この日のライブではMCが一切なかったことからも、しばらくの間ライブが出来ていなかった分、大森さんは一曲でも多く歌を届けたいと思っていたのかもしれない。“あまい”の最後に大森さんは「ワンルームにしか生まれなかったファンタジーの中で、生まれた私と君の愛のことを、決して忘れないでいてね。」と言って右手を高く掲げ、ライブが終わったことを告げる合図のように持っていたピックを地面にポトリと落とした。そして後ろを振り返ってギターを置いて退場し、この日のライブは終了した。

 

セットリスト

君に届くな w/sugarbeans

死神 w/sugarbeans

KEKKON w/sugarbeans

マジックミラー

絶対彼女

ミッドナイト清純異性交遊

VOID

あまい

僕はこの自粛期間中に数多くのアーティストの配信ライブを観て、リアルな現場でなくてもここまで音楽の素晴らしさを感じられるのかと救われるような気持ちになったことが何度もあった。ただし、今回の大森さんのライブを観て次元が違うと感じたのは、他のアーティストの場合はあくまで一方通行のコミュニケーションで、アーティスト側から一方的に音楽を与えられている感覚が強いのだが、大森さんはあたかもこちら側の想いも受け取って歌っているようで、まるで双方向で対話しながらライブを観ているようだった。もちろん実際には大森さんから観客の姿は見えていないが、それにも関わらず観客を目の前にしているかのようなライブに感じたのは、大森さんが普段からファンをはじめとする聴き手と、ある意味で家族や友人以上の関係を築いてきたり、深い所でのコミュニケーションを誰よりも大切にしたりしてきた人であり、その上で大森さんが人並み外れた想像力や表現力を持っていることの賜物だったのではないかと思う。

ちなみに、ライブ後にMCのあっこゴリラさんが大森さんのことを「圧倒的に本物だし、圧倒的にギャル」と評していたり、“マジックミラー”の「マジックミラー まだみじめかな?」の歌詞のライミングのセンスを褒めたりしていたのが、独自の視点で興味深かったし、このフェスを通じて個人的にあっこゴリラさんの好感度が急上昇した。

ライブ後のインタビューで大森さんが目指しているものを聞かれた時に「何があっても生きていればOK」と言っていたり、ファンや観ている人に伝えたいこととして「会えるまで生きてろ」「お互いに生きて会いましょう」と言ったりしていたのも、ファンに対する信頼やファンと会えない寂しさなどを全て引っくるめた上での言葉だと思うし、これらは大森さんが既に各所で言っていたことではあるが、改めて大事にしたい言葉だと思った。

日々の中で辛いことや苦しいことがあると、つい衝動的に自分の魂をドブに投げ捨ててしまいたくなることもあるが、この日の大森さんの歌や言葉を胸に刻んで、また会えるその日まで、どんなにボロボロになっても自分なりの美しい魂だけは必死に守り抜いて生きていきたいと思った、そんな深く心に残るライブだった。