変わらない価値観が世界を変える

少し前に、あるミュージシャンが書いたブログを読んだ。我々若者が持つ新しい価値観で世の中を変えていこう、という趣旨の内容で、例として上司より効率的に仕事をして早く帰ることなどが挙げられたりしていた。書いてあることは間違っていないと思ったし、正に僕自身が日々の具体的な行動として実践していることだったりもしたのが、読み終わった後に何となくスッキリしなかった。何というか“納得”はしたものの、“感動”はしなかったのだ。その理由を考えた時に、きっと「価値観」という言葉に対する認識のズレなのだろうと思った。僕にとっての「価値観」は、もっと狭い意味での、日々の生活の中ですぐに役に立つ訳ではないけれど、確実に自分の人生の方向性を決定付ける大きな何か。僕が「価値観」をテーマにした時に対話したいのは、そういうことなのだろうと思った。

僕の住んでいる場所からは日本一高い某タワーが見える。そのタワーはここ最近、特別なライティングとして青く点灯されている。そのライトアップはとても綺麗なのだが、ライトアップとともにタワー上層部にある展望台の部分に流れている次のメッセージを見つけた時、色々と考えさせられてしまった。

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僕はこのメッセージを見て、“ALL”と一括りにすることの気持ち悪さ、“WIN”という言葉に対する違和感を覚えた。勝ち負けの話なのだろうか?などと考え込んでしまった。こうした感覚や思考は時に生き辛さをもたらすが、それでもこのマインドの根底にあるものが自分にとっては重要であり、大事にしなければならないものだと感じる。これこそが自分にとっての「価値観」であり、それは「信念」や「美学」と言い換えられるかもしれない。そして、その価値観に間違いなく影響を与えているのが、僕が尊敬しているミュージシャンである大森靖子さんだ。

僕はこの自粛期間中にTwitterで「#30DaySongChallenge」というハッシュタグを付けたツイートを30日間続けた。誰が考案した企画なのかは知らないのだが、内容としては以下の画像のとおりDay 1からDay 30まで30日分の“お題”が書かれており、その“お題”に合った曲を考えて毎日ツイートするというものだ。

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僕はTwitterでこのハッシュタグを見つけた時に、大森さんの曲縛りでこれをやってみようと思い立った。さらにいくつか自分の中でのルールを設けたのだが、そのうちの一つが原則としてYouTubeに公式で動画がアップされている曲に限定するというものだった。これはハッシュタグを辿って見てくれた人をYouTubeに誘導しようというオタ活として考えたことでもあるが、とにかくそれから約1ヶ月の間、ツイートする曲を選びがてらYouTubeに上がっている大森さんの動画をほぼ全て見た。日本全国が外出自粛の状況でYouTubeを見る機会が増えた人も多かったと思うが、それでもこの期間に自分が一番数多くの大森さんの動画を見たと自信を持って言えるほど、何かに取り憑かれたように過去の動画から最新の動画まで漁って見る日々を過ごした。ここまで短期間に、かつ大量の動画を見ることは、この外出自粛が無かったら交通事故にあって入院生活でもしない限り、あり得なかったのではないだろうかと思う。

そうして大森さんの動画を見続けるうちに、「大森さんには昔も今も変わらず通底する何かがある」と感じるようになった。それは7年前の映像であろうが数ヶ月前の映像であろうが、MVであろうがライブ映像であろうが、弾語りであろうがバンド編成であろうが関係なく、歌う大森さんの眼差しの奥に感じる、体の中心を真っ直ぐに貫く一本の太い芯のようなものだ。

今回動画を見た中で特に印象的だったのは、2017年9月の夏の魔物のライブ映像だった。

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このライブは僕も現地で見ていたのだが、前日に同じ場所で開催されたBAYCAMPでの騒動があったばかりだったのと、この夏の魔物で大森さんはヘッドライナーでの出演だったこともあり、ライブが始まる前からステージであるプロレスリングを囲む観客の期待や好奇心、心配、不安などが綯い交ぜになったような、異様な熱気に包まれていたのを覚えている。このライブ映像にはその現場の張り詰めた空気や、大森さんがいつも以上に感情を爆発させたライブを展開する様子が生々しく収められている。弾語りの“PINK”の途中では、大森さん自身の現状に対する苛立ちをぶちまけた上で、「それでも私はこのフェスに来てしまうようなあなたたちの生活を、呪いを、私の生活と呪いを、大切に、大切に、一つも余すことなく歌いたい」「歌うことが止められない」「売れなくてもいいから私は私の音楽をやりたい」といった赤裸々な感情を、時に涙で声を詰まらせながら吐露している。僕は部屋で一人そのシーンを見ながら泣いてしまった。この映像はライブの翌日すぐにYouTubeにアップされたのだが、当時の僕は大森さんのこの痛々しいほど剥き出しの姿を世に出して果たして良かったのだろうかと少し複雑な気持ちだった記憶がある。それが3年経って改めて見ると、これは大森さんの紛れもない本質を捉えた映像だったのだと、ようやく大森さん達がこれを公開した意図や想いを理解できたような気がした。

そうした様々な気付きを得ながら毎日続けていた「#30DaySongChallenge」も終わりに近づいた頃、大森さんがコラムを連載している月刊エンタメが届いた。

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最新号のコラムでは今現在の大森さんが考えていることが率直に綴られていて、大森さんが今Twitterで毎日アップしている“おやすみ弾語り”は“淡々と日常をつくること”を表現したいと考えてやっていることなど、その真剣さをひしひしと感じて身の引き締まる思いがする文章だった。特に“ハンドメイドホーム”をこの状況では絶対に歌わないと決めているという部分を読んだ時には、僕自身が知らず知らずのうちに世の中の生温さに慣れてきてしまっていたことにはっと気付かされるとともに、大森さんの軸にある価値観はYouTubeで見た7年前の小さなライブハウスで歌っている時から、3年前の夏の魔物でヘッドライナーとしてリングに立った時から、今この時に至るまで、変わらず美しいままなのだと思った。

コロナ後の世界を展望する時に、僕が普段から見ていて醒めた目を持っていると思う人ほど、本質的なことは何も変わらないと考えているようだ。それでも僕は、大森さんの今も昔も変わらない価値観が、これからの世界を変える可能性を秘めているのではないかと期待している。その理由の一つはZOCの存在だ。

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ZOCのメンバーは一見バラバラな個性が集まっているように見えて、各メンバーなりにしっかりと大森靖子イズムを受け継いでいると感じる。つまり、これまで大森さん一人では手が届かなかった所まで、各メンバーがそれぞれの形で大森さんの価値観を伝播していく伝道師の役目を果たしてくれるのではないかと思っている。そして大森さん自身も、未だに時たま危なっかしいところはあるが、以前よりはうまく立ち回れるようになっているので、そういった意味でも機は熟しつつあるのではないだろうか。

かくいう僕が4年前にラジオで“TOKYO BLACK HOLE”を聴いて衝撃を受け、「この人は本気で何かを成そうとしている」と感じたあの日以来ずっと大森さんを追いかけ続けているのは、その本質、価値観が何なのかを知りたいからなのだと思う。それは僕自身の価値観を、自分が美しいと思う人の価値観によってアップデートしていきたいと思っているからでもある。そしてこのコロナ禍においても、また大森さんは淡々と日常をつくることがいかに尊いかを教えてくれた。

さらに今、慌てて新しい価値観を模索し始めて不安定に揺れ動いている世界も、大森さんの変わらない価値観によって良い方向に導いていけるのではないかと思っている。3年前も今も、そしてきっと僕が大森さんのことを知るずっと前からも、変わらずに涙を流しながら歌う強さと優しさを、これからの世界は必要としているはずだから。

 大森さんは“劇的JOY! ビフォーアフター”でこう言っている。「私は変わらず世界を変える」と。