ニック・ドレイクと大森靖子と僕

f:id:nagai0128:20180311121459j:plain先日友人が家に遊びに来た時、僕の部屋の一角にある“神棚”に興味を示していた。“神棚”と言っても僕がそう呼んでいるだけで、僕が最も好きなミュージシャンの人達のサインやレコードなどを飾っているスペースのことだ。自分の好きなものに興味を持たれたのが嬉しく、ついレコード一枚一枚の紹介を始めてしまい、友人が帰った後も「さっきのミュージシャンだけど、このアルバムから入るといいよ!」的なことを長文で送りつける始末だった。

その時におすすめした中の一人がイギリス人ミュージシャンのニック・ドレイクだ。ただし、彼は既にこの世におらず、40年以上前に26歳という若さで亡くなっている。彼は生前に3枚のアルバムを発表しており、芸術に対して“完璧”という言葉を使うのは不適切な気がするが、強いてこれまでに僕が“完璧”だと思った音楽を挙げるとすればその3枚を挙げる。それぞれのアルバムは一枚ずつだけでも十分素晴らしいのだが、僕はいつも3枚を通して聴くことで、彼がいかに繊細で稀有な才能の持ち主だったか、音楽に希望と絶望を託していたかが少し分かるような気がする。冒頭の友人におすすめしたのはもちろん3枚全てのアルバムだ。

彼の人生について書かれた文章は山ほどあるので、ここでは要約して書くことにする。彼は1948年にビルマで生まれ、まもなくしてイギリスへ戻る。通っていた学校で首席となったり陸上の記録を作ったりするような少年で、やがてケンブリッジ大学へ進学する。彼は13ポンドで手に入れた初めてのギターで曲を書き始め、20歳の時にその才能を見出されてレコード会社と契約し、1969年にデビュー作「Five Leaves Left」を発表する。一曲目の“Time Has Told Me”のイントロのギターの音色と“Time has told me”という歌い出しだけで一気に彼の音楽の世界へ引き込まれる。アルバムの前半は空一面を厚い雲が覆うようなダークで緊張感のある曲が続き、中盤の“‘Cello Song”以降は雲の切れ間から陽の光が差し込むような暖かさを感じる曲が多くなり、聴き終えると得も言われぬ感動の余韻が残る。決してキャッチーではないが、傑出したデビューアルバムに違いないと思う。しかし当時は評論家やメディアでの評判は高かったものの、セールスは振るわなかったようだ。同様の事がこの後にリリースされた2枚目、3枚目のアルバムでも続くのだが、このエピソードを思い出したことがまさに僕が今回のブログを書こうと思ったきっかけになっている。なお、「Five Leaves Left」(残りあと5枚)というタイトルは、当時の手巻きタバコの最後から5枚目の巻紙に印刷されていた言葉から来ている。彼がこれをタイトルに採用した理由は不明だが、彼はこのアルバムを発表した5年後に亡くなっており、まるでその後の自分の運命を暗示していたかのようである。

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彼はプロモーションのためにフェアポート・コンヴェンション(バンドメンバーに彼の才能を最初に発見した人物がいた)などと共に、ライブに出演したりツアーに参加したりしたが、会場は熱心にステージを見る客の少ないイギリスのパブが中心だったため、彼にとっては苦痛でしかなく、二度とツアーをしようとはしなかったようだ。そして彼はケンブリッジ大学を中退してロンドンに引っ越し、1970年にレコーディングを行い発表したセカンドアルバムが「Bryter Layter」である。一曲目の“Introduction”はキラキラしたギターの演奏にストリングスが加わった美しいインスト曲で、冒頭から「Five Leaves Left」とは違ったアプローチを試みていることが分かる。その後もアルバム全体を通じて、前作にはなかったサックスやフルートといった楽器や女性のバックコーラスなどを用いた色彩豊かなアレンジが施されており、広く受けられやすいポップ・アルバムとしての試みは十二分に成功していると思う。ところが、これだけ一聴して優れた作品だと分かるアルバムであるにも関わらず、当時のセールスは1万5千枚ほどで、彼はそのことに失望してロンドンから実家へ戻ってしまったという。

その後、彼は精神科医にかかり抗うつ剤を飲むようになるほどの状態だったようで、そんな中でレコーディングを行い、1972年にリリースしたのが3枚目にして最後のアルバム「Pink Moon」である。30分足らずのこのアルバムはたった二晩で録り終えたという。一曲目の“Pink Moon”でピアノが使われている以外、演奏は全て彼のギターのみである。前二作と打って変わってアレンジが排された今作を聴いて感じるのは、圧倒的な孤独だ。まともに話すこともできなくなっていたという彼の音楽は究極まで削ぎ落とされており、触れたら崩れてしまいそうなほどに脆くて美しい。僕はそれに向き合う度に言葉を失い、只々彼の音楽を静かに受け止めることしかできなくなる。しかしながら、彼が自分の命と信念を限界まで振り絞って作ったであろうアルバムですらも、当時は満足のいく評価を得られなかったようだ。

そして1974年11月25日、彼の母親が朝食をどうするのか聞きに彼の部屋に入ったところ、ベッドの上で冷たくなっている彼を発見した。抗うつ剤の服用が原因とされているが、それが自殺か事故かは分かっていない。彼の最後のアルバムである「Pink Moon」の最後に収められているのは“From The Morning”という楽曲で、彼の死が発見されたのが朝だったというのも、音楽に希望を見出そうとしながらも運命を翻弄された彼らしい因縁のようなものを感じてしまう。

これまで書いてきたように、彼の音楽は生前(少なくとも彼が満足する水準では)評価されなかったが、彼の死後になってその評価は大いに高まった。なお、彼の音源はYouTubeに上がっているが、そのリンクを一切貼っていないのはCDでもデジタルでもいいので課金してアルバムを通して聴いてもらいたいからである(ニック・ドレイク本人にお金が入る訳でもないのでYouTubeでもいいのだが、途中途中で広告が入る聴きづらいものしか上がっていないのでおすすめしない)。

さて、僕は現代のミュージシャンの中にもニック・ドレイクのような繊細で美しい魂を感じる歌手がいる。それが大森靖子さんだ。大森さんがこれまで発表してきた楽曲は弾語りからバンドサウンドのものまで幅広いが、直近では昨年9月に弾語り主体のアルバム「MUTEKI」をリリースしており、先月YouTubeの東京都公式動画チャンネルで映像が公開された最新曲の“東京と今日”も大森さんの歌とギターのみの弾語り曲だ。

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シンプルな弾語りだからこそ大森さんの優しさと激しさを併せ持った歌声が際立つ素晴らしい曲であり、何より惹きつけられるのは歌詞の普遍性とそれゆえの多義性だ。大森さんは他のミュージシャンに例えられたり比較されたりするのを嫌うかもしれないが、この曲を聴いて感じる研ぎ澄まされた才能と美学は僕にとってニック・ドレイクを想起させる。ただ残念なのは、この曲の存在がまだほとんど世間に知られていないということだ。動画が公開されてから間もなく1ヶ月という現時点で、再生回数はようやく5万回に到達しようかというところだ。もっとずっと多くの人に知ってもらうべき曲だと思うし、こういった部分まで生前に評価されなかったニック・ドレイクと重なってしまうのは寂しい。

僕はニック・ドレイクが生きていた時代にまだ生まれてもいなかったので、彼が生きている間に真っ当な評価を得られなかったことについては過去の事実として黙って受け入れるしかないと思えるが、今リアルタイムで同じ時代を生きている大森さんについて同じことを考える時はそう思わない。大森さんの二つとない素晴らしい音楽は大森さんが生きている間にきちんと評価されてほしいし、それによって大森さんが自分のやってきたことの正しさを実感してほしいと思う。仮に大森さんの音楽が生前に評価されず、50年後100年後に大森さんの音楽を聴いた人が、生前は評価されなかったなどと言いながら大森さんの音楽を愛でるのを想像するだけで腹が立つ。大森さん自身がもっと自分の音楽は評価されてもいいはずだと歯がゆい思いをしているのも感じるので、余計にそう思う。

つい2週間ほど前の2月27日、Zepp Tokyo銀杏BOYZ大森靖子の2マンライブが行われた。銀杏BOYZ峯田和伸という人物に対する大森さんの思い入れは知っているし、この日のライブに並々ならぬ意気込みをかけているのは分かっているつもりだったが、僕が見たステージ上の峯田さんと大森さんが音楽に託すそれぞれの人生と二人の関係性はあまりに美しく、眩しく輝いていた。それを見た僕は自分の生き方にきちんと向き合えていないことについて問われたようでショックを受けてしまい、ライブ後しばらく精神的に不安定な状態になってしまったほどだ。つい先日、この日の“駆け抜けて性春”のライブ映像が公開されたが、これは先攻の大森さんの出番の冒頭にサプライズで峯田さんが登場し、会場全体が爆発するような盛り上がりを見せたハイライトシーンの一つだ。この動画だけでもこの日のライブがいかに美しいものだったか、その一端が分かると思う。

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この日のライブで大森さんは憧れの人と共演して全力でぶつかり合い認め合うことができたという形で、今までやってきたことが一つ報われたのだと思うが、僕はそんな大森さんに今度は大森さんの音楽がもっと売れるという形で報われてほしいと思っている。ここで言う“売れる”にはあまり具体的な意味を込めていないが、少なくとも届くべき歌が届くべき人に届くことを意図している。また、大森さんが“マジックミラー”で歌っている「あたしの有名は君の孤独のためにだけ光るよ」という歌詞は、大森さんが売れることでより意味を持つはずだと思っている。僕は大森さんにはニック・ドレイクのような“孤高の天才”で終わってほしくないし、国民的超歌手になってほしいと思っている。

だから僕は大森さんから感じるもっと報われたいという気持ちに、微力ながらライブに行ったりこうした文章を書いたりすることで向き合いたいし、それは同時に僕が報われたいからでもあるのだと思う。あとこれは我ながら拗れていると思っているのだが、僕が大森さんの現場に行き続けるのは、大森さんに「私には全通してくれるようなファンもいないから」という言い訳をさせないためでもある。僕は大森さんがもっと売れるためには、あとは大森さん自身が頑張るしかないと考えており、僕たちファンの役目は大森さんが頑張ろうと思える原動力になれるよう応援し続けることだと思っている。

個人的にニック・ドレイクのアルバムの中では最後の「Pink Moon」が最高傑作だと思っているが、大森さんについても、大森さんには死ぬまで最高を更新し続けてほしいと願っている。つまり、大森さんが死ぬ前に作る最後の作品が、大森さんにとっての最高傑作であってほしいということだ。そうすれば大森さんの音楽を一生好きでい続けることができるし、その最後の作品を聴くまで生きていたいと思えるからだ。

 

ちなみに、今回のブログのタイトルは、今月末に行われる向井秀徳と大森さんの2マンライブのタイトル「大森靖子向井秀徳とあなた」をもじったものである。僕は一度もライブを見ることなく解散したナンバーガールに対しては、また一言では説明できない拗れた思いがあるのだが、僕が向井秀徳を好きなのを知ってくれている大森さんがある時に「向井さんとも2マンしなきゃですね」と言ってくれていて、それをもったいぶらずに早々に実現させてくれたライブなのでとても楽しみにしている。

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2018/01/29 ごっちん葬儀スピーチ全文

この度は真介君のご家族、知人・友人の皆様に心よりお悔やみ申し上げます。私と真介君は音楽の趣味を通じて知り合った友人です。特に二人とも大森靖子さんという歌手の大ファンでした。知り合いのファンの間では真介君のことを「ごっちん」とあだ名で呼んでいて、今日はそんなごっちんさんに宛てて手紙を書いてきましたので、そちらを読ませていただきます。

 

ごっちんさんへ

まずは、39年間お疲れ様でした。この冬はごっちんさんが入院する前まで大好きな大森靖子さんの全国ツアーを一緒にまわり、そして1月20日のツアーファイナルの中野サンプラザ公演も一緒に見られてとても嬉しかったです。今日は、僕が中野サンプラザ公演の日にご家族と一緒に病院から会場までごっちんさんに付き添って行った経緯もあり、お父様から友人代表としてスピーチをお願いされました。

正直に言うと、ごっちんさんのことをもっと古くから知っていて、僕が知らないごっちんさんのことを知っている友人は他にたくさんいらっしゃることと思います。そんな中で僕が話をするのは恐れ多いのですが、せっかくなのでごっちんさんと僕の個人的な事についてお話させてください。

僕がごっちんさんと初めて話したのは確か2年前の8月、八丈島大森靖子さんのライブを見に行った時だったと思います。お互い積極的に人付き合いをするタイプではなかったので、すぐに仲良くなることはありませんでしたが、二人とも頻繁にライブに通っていたこともあり、元々性格が似ている部分はあったので、そのうち自然と気兼ねなく話せるようになりました。ごっちんさんは大森靖子さん以外にも幅広い音楽の知識やエピソードを持っていて、ごっちんさんと話をする時はいつも感心させられっぱなしでした。

そのうちごっちんさんが杖をついてライブを見に来るようになって、自分からは決してそのことについて話そうとしなかったので、僕もずっとごっちんさんの体のことはあまり詳しく知りませんでした。そして昨年11月から大森靖子さんの全国ツアーが始まり、ごっちんさんと僕は15公演全てに行こうとしていて、毎週のように全国各地を飛んで回っていました。そんなことをしていたのはごっちんさんと僕だけだったので、まるで同志のように思えて、今回のツアーでごっちんさんとは急速に距離が縮まったと思っています。

僕がごっちんさんの体調のことを聞いたのは昨年12月16日の宮城公演を見終わって二人で東京へ帰る新幹線の車中でした。そして今年に入って1月12、13日の松山・高知での公演にごっちんさんが姿を見せていなくて、心配になって連絡したら入院していることを教えてくれました。その翌日に僕は高知から飛行機で東京へ戻ったその足で病院へお見舞いに行きました。ごっちんさんは元々スリムな体型でしたが、入院前の昨年末に大森さんのファンクラブイベントで会った時と比べるとまた一段と痩せていました。でも病室のベッドの上から僕を見つめる優しい眼差しや飄々とした雰囲気は普段のごっちんさんと変わっていなくて安心したのを覚えています。そこで一週間後に控えていた大森さんの全国ツアーファイナルの中野サンプラザ公演だけは絶対に見に行ってほしいと思い、その後何度か病院へも足を運んで色々と打ち合わせや手配をしました。

ご家族、病院関係者、avexの関係者の皆さんがごっちんさんのためにあらゆる準備を整えてくれて、何よりごっちんさん自身がライブを見に行けるよう頑張って体調を整えていました。当日病院で会場までの移動に使う車椅子に乗る時に、ごっちんさんがベッドからすっくと立ち上がって自分の力で車椅子へ歩いて向かうその姿が、とても凛としていて格好良かったのが印象に残っています。そして、中野サンプラザで大森さんのライブを無事に見届けて病院まで戻ってきた頃には、疲れ切って車椅子の上で眠ってしまっていましたが、ごっちんさんの意志の強さと逞しい生命力に唯々感動していました。

ごっちんさんは体調のことも入院のことも他の人に心配をかけたくないからと気を遣って自分からは決して言いませんでした。でも僕はツアーの帰り道の新幹線で初めてごっちんさんの体調のことを知った時から、僕がごっちんさんにできることは全てやろうと思いました。だから、ごっちんさんが入院していることや、大森さんにリクエストするとしたらchu chuプリンをリクエストしたいと言っていたことを、大森さんに伝えました。そしたら大森さんはそれに応えて、1月19日に大事な中野サンプラザ公演の前日にも関わらず裏ツアーと称して病院へお見舞いに来てくれました。ごっちんさんが毎公演会場で買っていたグッズのギターピックを大森さんがプレゼントしたら「やったー!」と大げさに喜んでみせたり、大森さんと僕に気を回してお見舞いの品の高級ポッキーをお裾分けしてくれて、大森さんが不器用でその箱をうまく開けられないのを見て「そういうの今までよく見た」と言って優しく微笑んだりする様子を、僕は「やっぱりごっちんさん好きだな」と思いながら眺めていました。そして、大森さんは中野サンプラザのライブでごっちんさんに寄り添ってchu chuプリンを歌ってくれました。ごっちんさんも僕も、大森さんの単なるアーティストとファンという関係を超えて向き合ってくれるところが好きでしたが、最後の最後でまたその姿勢を徹底的に貫くところを見せてくれました。本当に大森靖子さんは僕たちのヒーローです。

僕はごっちんさんがこれからもずっと心の中で生き続けるのだろうなと思っています。ライブに行ったらいつものように「どうも、どうも」と言いながらごっちんさんがひょっこり現れるような気がしています。超一生大森靖子ヲタクとして、超生きて、また現場で笑って会いましょう。今までありがとうございました。さようなら。

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2017年の僕を構成する10曲

2017年も残り1ヶ月を切ったところで、少し早いが今年の音楽に関する個人的な振り返りを、この一年間にリリースされた作品の中から特に思い入れのある10曲を選びつつ書き綴ってみたいと思う。ほとんど自分のための備忘録のようなもので、以下は概ね音源がリリースされた順としており、あえて順位は付けていない。

 

1. The xx - On Hold

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UKの3人組のバンドThe xxの3rdアルバム「I See You」からの楽曲。The xxは2009年のデビューから一貫したクールでミニマルな音楽スタイルで、10年足らずで世界各地のフェスのヘッドライナーを務めるほどの人気と地位を確立している。今年フジロックに3度目の出演を果たし、今回は一番大きなグリーンステージのトリ前に登場した。2010年のレッドマーキーと2013年のホワイトステージでのライブを見た時は、共に期待値を上げすぎたこともあり正直物足りなさを感じてしまったのだが、今年は見違えるほどスケール感が大きくなっていて、とても素晴らしいライブだった。

メンバーであるJamie SmithがJamie xx名義で行なっているソロプロジェクトも含め、また今後の活動が楽しみだ。

以下は2015年にリリースされたJamie xxの「In Colour」に収録されている“Gosh”

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2. Dirty Projectors - Cool Your Heart

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USのDirty Projectorsによるセルフタイトルアルバム「Dirty Projectors」からの楽曲。Dirty Projectorsは少し前まで男女混合の大所帯バンドだったが、突如リーダーであるDavid Longstrethのソロプロジェクトとなった。また、今作は彼がかつてバンドメンバーだった女性との破局を経て制作されたという背景があり、その経験が“Cool Your Heart”をはじめ“Keep Your Name”“Up In Hudson”“Little Bubble”といった実験的でありながらキャッチーで人間の温もりを感じる優れた楽曲の数々に結実したのだと思うと、彼の才能に敬服すると同時に人としてもファンになった。先に挙げた4曲と次に紹介する大森靖子さんの「kitixxxgaia」は今年上半期の仕事が忙しい時期にひたすら聴いていた記憶がある。

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3. 大森靖子 - アナログシンコペーション

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冒頭で順位は付けないと書いたが、もし順位を付けるとしたら間違いなく2017年のベストアルバム第1位は大森靖子さんが3月にリリースした「kitixxxgaia」(読みはキチガイア)だ。個人的には大森靖子さんがこれまで発表してきた音源の中で全体的な完成度は最も高いと思っている。何より特徴的なのは収録曲のバラエティの豊富さだ。インストゥルメンタルバンドのfox capture plan、神聖かまってちゃんのの子、アイドルグループゆるめるモ!のあの、今や米津玄師や岡村靖幸とのコラボで一躍時の人となったDAOKOとコラボレーションした楽曲や、今年解散したアイドルグループ℃-uteに提供した“夢幻クライマックス”のセルフカバー、他にも既にシングルとしてリリースされていた楽曲や今作のために書き下ろされた新曲が収められている。そしてそのどれもが主役級の完成度で捨て曲が一切無く、まさに持てる力を全て注ぎ込んだといえる渾身の作品となっている。個人的に好きな曲はその時々によって変わるが、アルバムリリース時に好きでよく聴いていたのが終盤に収められている“アナログシンコペーション”という曲だ。その入れ込み具合はただこの一曲についてだけひたすら歌詞分析をしたブログを書いたほどである。

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ただ大森靖子さんのすごいところは、これだけ全力を出し尽くしたと思える傑作を世に放ってからわずか半年足らずで、後ほど紹介する“draw (A) drow”や“わたしみ”、“流星ヘブン”といった名曲を次々と生み出してしまう恐ろしいほどの才能と飽くなき創作意欲である。

 

4. 欅坂46 - 不協和音

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昨年のデビュー曲“サイレントマジョリティー”でアイドルシーンに革命ともいうべき衝撃と共に現れた欅坂46の4thシングル「不協和音」からの楽曲。その後に発売された1stアルバム「真っ白なものは汚したくなる」にも収録されており、ヒーローの格好良さに対して抱くワクワクした憧れのようなものを感じてとても好きな曲だ。

欅坂46はあらゆる点で魅力的なグループで、ハマるととことんハマってしまいそうなのが怖くて現場に行くことはせず、音源を聴くだけに止めていたのだが、今年のサマーソニックで初めて生でライブを見る機会があった。ライブは楽曲・衣装・ダンスが高いレベルで見事に調和しており、期待を遥かに上回るエンターテイメントショーだった。今まで見てきたアイドルは一体何だったのだと思わされるほどオリジナルで圧倒的なライブで、特に “エキセントリック”の独創的なパフォーマンスは感動すら覚えた。

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5. Kendric Lamar - HUMBLE.

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今やUSのラップシーンにおける最重要人物の一人となったKendric Lamarの最新アルバム「DAMN.」からの楽曲。YouTubeの再生回数は文字通り桁違いで、今度の第60回グラミー賞でも数多くの部門にノミネートされている。僕はラップやR&Bなどのブラックミュージックはそこまで詳しくないのだが、2010年代に出てきたこのKendrick LamarやFrank Ocean、Chance The Rapperはジャンルの枠にとらわれない音楽性の高さがあり、注目している。昨年Chance The Rapperがリリースした「Coloring Book」もとても好きで、今年になってからも仕事の作業用BGMとしてひたすら聴いていた。

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Kendrick Lamarは2013年のフジロックでホワイトステージに出演しているが、来年のフジロックサマーソニックにヘッドライナーとして出演するのではないかと予想している。Frank OceanとChance The Rapperはあまり来日しないような気がするが、もし機会があればぜひ一度ライブパフォーマンスを見てみたいと思う。

 

6. Have a Nice Day! - Fantastic Drag feat. 大森靖子

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東京のアンダーグラウンドシーンで精力的に活動を続けているハバナイことHave a Nice Day!が今年6月にリリースしたシングル「Fantastic Drag」に収録された、先ほども紹介した大森靖子さんをフィーチャリングした楽曲。このコラボが実現したのは、昨年5月に新宿タワーレコードで行われた大森靖子さんの「TOKYO BLACK HOLE」というアルバムのリリースイベントにハバナイのフロントマンである浅見北斗が足を運び、ライブ後に大森靖子さんと会話を交わしたのが最初のきっかけだと思われる。僕はその少し前からハバナイにハマってライブに通っており、大森靖子さんもアルバム表題曲の“TOKYO BLACK HOLE”を聴いて心を鷲掴みにされて現場に通い始めた頃だったので、そんな二人が出会ったことに当時とてもワクワクしたのを覚えている。それから約1年でコラボ曲の制作、そして今年7月に「Fantastic Drag」のリリースパーティーとしてTSUTAYA O-EASTで2マンライブを開催するまでに至ったのは、個人的にとても嬉しいことだった。その2マンでライブとしては初めて“Fantastic Drag feat. 大森靖子”が披露され、その後も11月の渋谷WWWでのMaison book girl with カオティック・スピードキングとの2マンライブと川崎クラブチッタでのロフトフェスでも披露されている。毎回大森靖子さんと浅見さんが同じステージに立って歌うのを見て得も言われぬエモーショナルな気持ちになるのだが、それは今後二人がこの曲をライブで共演する機会はもうそれほど多くないのだろうという諦めと寂しさも感じるからだと思う。

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7. Lorde - Green Light

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ニュージーランドの若き女性シンガーソングライターによる2ndアルバム「Melodorama」からの楽曲。デビュー曲の“Royals”が世界的なブームを巻き起こして10代にしてグラミー賞を受賞し、その後に出演した2014年のフジロックレッドマーキーでのステージは個人的にその年のベストアクトだった。そして今年2度目の出演となるフジロックでは大出世して一番大きなグリーンステージに登場した。ステージ奥にバックバンドはいたものの、ほぼ一人で数万人を収容できるグリーンステージの空間を完全に制圧しており、ラストで披露した“Green Light”は今年見た中で最も感動的で圧巻のパフォーマンスの一つだった。

まだ弱冠21歳(フジロック出演時は20歳)というのが信じ難いが、今後が末恐ろしくも楽しみなアーティストである。

 

8. 大森靖子 - draw (A) drow

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先ほど紹介した「kitixxxgaia」のアルバムタイトルを冠して大森靖子さんが今年6月から行った全国ツアー「2017 LIVE TOUR "kitixxxgaia"」(以下、kitixxxgaiaツアー)の開始直前にリリースが発表され、8月に発売されたのがシングル「draw (A) drow」(読みはドローアドロー)だ。タイトル曲の“draw (A) drow”は凛として時雨のTKが作曲・編曲・プロデュースを手がけており、演奏にはドラムに同じく凛として時雨ピエール中野、ベースには元NUMBER GIRL中尾憲太郎が参加している。

正式なライブでの初披露は7月20日の東京ZEPP Diver Cityでのkitixxxgaiaツアーファイナルだと思うが、実はその前にとあるライブでゲリラ的に披露されており、そこで初めて聴いた時に凛として時雨のような疾走感溢れる演奏にTKさんではなく大森靖子さんの突き刺すような高音のボーカルが乗っかるのがたまらなく格好良く、全身の毛が逆立つのを感じたことを覚えている。音源の初解禁はラジオで、CD発売まではそれを録音したのをひたすら繰り返し聴いていた。また、大森靖子さんは昨年の10月から今年の9月まで東海ラジオで「LIFESTYLE MUSIC 929」というラジオ番組のパーソナリティを務めていたのだが、kitixxxgaiaツアー終了後に番組に自分のツアーの感想と共に“draw (A) drow”の弾き語りリクエストを送ったらそれを採用して下さり、しかもその時の弾語りが初演奏だったらしく個人的にとても嬉しい出来事だった。

 

9. 大森靖子 - わたしみ

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先ほど紹介したシングル「draw (A) drow」の2曲目に収録されている楽曲。リード曲である“draw (A) drow”の歌詞はTKさんのリクエストにより大森靖子さんが自分と向き合って書いたものだと言っていたが、この“わたしみ”もまた別の角度から自身の内面を投影した曲となっている。MVでの大森靖子さんと周りの風景の息を飲むような美しさは初めて見た時に茫然としてしまったほどだ。アルバム「kitixxxgaia」では自らを「神様」とまで言ってのけていた大森靖子さんが、その約半年後のシングル「draw (A) drow」では一転して自分自身を「人間」としてとことん見つめ、それを曲に描き出したという点において、全く違ったアプローチで生み出した作品といえる。少し前にラジオか何かで「曲毎に違う役割を持っていて、曲毎に作り方を変えている」といった主旨のことを言っていたが、そういった視点や方法の転換ができるからこそ、大森靖子さんの曲には一つとして似たものがないのだと思う。

なお、シングル「draw (A) drow」の3曲目には欅坂46の“サイレントマジョリティー”のカバーが収録されている。

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この曲に関して大森靖子さんは「サイレントマジョリティーを地で行く人 is 私」と自認しており、収録されたカバーでは曲を自らの血肉にするが如く、オリジナルのようにクールに淡々と歌うのではなく祈るように絞り上げるような声で歌い、曲の雰囲気もクラムボンのミトさんのアレンジによりガラリと違ったものになっている。

 

10. 大森靖子 - 流星ヘブン

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アルバム「kitixxxgaia」とシングル「draw (A) drow」に続き、9月にリリースされた今年2枚目となるアルバム「MUTEKI」に新曲として収録された楽曲。このアルバムは少し変わった構成で、“流星ヘブン”を含む冒頭の2曲のみ新曲で、残り18曲が既存の楽曲を弾語り主体で再録したベスト“的”アルバムとなっている。“流星ヘブン”について、大森靖子さんはラジオで「自分の基礎的な、根底的な部分を大事にした曲」「自分の生き方の曲」と語っており、前シングルと同様に「自分」がテーマとなっているものの、「draw (A) drow」の収録曲とはまた違った聴き手への訴え方をする曲である。

僕は“draw (A) drow”“わたしみ”“流星ヘブン”の「自分」シリーズ3部作(と勝手に名付けている。“サイレントマジョリティー”も含めれば4部作)を聴きながら歌詞を読む度に、まだ僕自身がきちんと自分に向き合えていないことに気付かされる。そして自分自身と向き合えていない僕は、自分自身と向き合っている大森靖子さんと向き合うことができてないということ、そしてそれは大森靖子さんの音楽と向き合うことができていないということではないか、という考えに至り、一人で勝手に病んでいた時期があったのだが、それは9月に川崎で開催されたベイキャンプでの大森靖子さんのバンドセットのライブを見て少し和らいだのと、“流星ヘブン”の「消えてしまう前の私に一瞬でもいい追いついて」という歌詞を「今すぐじゃなくてもいつか自分自身と向き合えるようになれればいいよ」と言ってくれていると捉えることで折り合いをつけることができた。

現在大森靖子さんは最新アルバムをひっさげた全国ツアー「超歌手大森靖子 MUTEKI弾語りツアー」の真っ最中である。ここまで10曲挙げてきたのをご覧いただければ分かるとおり、日本では僕の中で大森靖子さんはまさに無敵状態で、今回のツアーも行ける限り行って一回でも多くそのライブを目撃したいと思っている。もし大森靖子さんのライブを見たことがない方で、何かの縁でこのブログをご覧いただいている方がいらっしゃれば、ぜひ一度ライブに足を運んでみていただきたいと思う。以下の動画は公式に公開されている現時点で最新のライブ映像で、毎年大森靖子さんが自分の生誕祭として開催しているライブのものだ。この日のライブは今のところ僕の中で今年のベストである。

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2017年は好きなアーティストが素晴らしい作品やライブを届けてくれた充実した一年で、残り1ヶ月もまだまだライブに行く予定があり楽しみだ。ただ、邦楽洋楽共に常に最低限のアンテナは張っているつもりだが、今年は新しくて面白い出会いがほとんど無かったので、2018年はもっと積極的に開拓していきたいと思っている。来年の今頃に同じように10曲選んだ時にどのような顔ぶれになるのかと思うと今からワクワクするし、来年も素晴らしい音楽があれば僕は生きのばしていくことができそうだ。

2017/09/30 大森靖子@30人限定弾語りライブ

シンガーソングライターで自称“超歌手”の大森靖子さんの30人限定という超貴重なライブに行ってきた。このライブは9月27日に発売されたアルバム「MUTEKI」の収録曲“流星ヘブン”のMVを使った企画で、GYAO!YouTubeに同曲のバージョンが異なるMVが公開され、間違い探しをして正解した人の中から抽選で30名をライブに招待するというものだ。


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僕は善は急げとばかりに企画が発表されたその日に間違い探しを終えて抽選への申込みを完了した。それからしばらく経った9月19日に当選のメールが届いた。普段のライブみたく当然のように当たってしまった気がしたのだが、その後に知り合いのファンの人達に聞いてみると顔見知りで当選したのは片手で数えても余る位の人数で、徐々に超レアなライブに当たったのだという実感が湧いた。ライブ当日は更に現実味を帯びて朝からずっと緊張しっ放しだった。

会場は紀尾井町にあるYahoo! JAPAN本社で、受付が開始する19時前には建物の2階にある受付へ到着した。受付を済ませてビジターカードを受け取り、19時半にエレベーターで17階にあるLODGEスタジオへ案内された。席は予め決められていたので、自分の番号の席を見つけて座り開演を待った。スタジオの中では「MUTEKI」がかかっており、縷縷夢兎の東佳苗さんが装飾を手掛けたステージが照明で幻想的にライトアップされていた。客席の方は薄暗く、普段のライブハウスとは違った雰囲気やスタッフが多かったこともあり、妙な緊張感に包まれているように感じた。

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この日のライブはGYAO!で生配信されており、そのアーカイブは後日見ることができるようになる予定とのこと。

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今回のブログではせっかくなので配信されていない時にスタジオで起こった出来事を中心に書きたいと思う。配信開始5分ほど前にギターを持った大森さんが登場し、ギターのチューニングをしながらリクエストを募った。しばらくの間誰も言い出さなかったので、僕は口火を切って「音楽を捨てよ!」と“音楽を捨てよ、そして音楽へ”をリクエストした。9月9日に川崎で開催されたBAYCAMPというフェスでのとある出来事をきっかけにしばらくネットを賑わせていた曲である。

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その騒動を経たことによって、災いが転じて福となったという表現は適切でないかもしれないが、その後に僕が見た9月16日の山形にある若宮寺で開催された寺フェスや9月18日の大森靖子生誕祭などのライブにおいて、大森さんは“音楽を捨てよ、そして音楽へ”のパフォーマンスをより力強く、沸騰する感情のマグマを爆発させて圧倒的なエネルギーを放つものに昇華させていたのである。

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従って、“音楽を捨てよ、そして音楽へ”は僕が今ライブで一番聴きたい曲であり、リクエストするチャンスがあったらこの曲にしようと決めていた。ここ最近のライブでは毎回歌っているので恐らくリクエストしなくても歌ってくれたとは思うが、「僕はこの曲を聴きたい」という気持ちを伝えたかったのである。リクエストを聞いた大森さんは「それは、やりましょう」と大げさに情感を込めた感じで言ったので観客からは笑いが起こった。「今やるしかないからね。大したヒットもしてないのに有名になって得だよね。ラッキー笑」と早速いつもの大森さん節を発揮していた。その後に最前列の男性が“秘めごと”をリクエストした。そして大森さんは最前列に座っていた別の男性のリュックから頭だけが出ているシュタイフを見つけて、「首だけ出てるのこわいね。皆ここに並べますか?」と言って観客が持っているクマのぬいぐるみを集めてナナちゃん(いつも大森さんのライブにいるマスコットキャラクター的な存在のクマ)が座っているテーブルに一緒に並べることになった。大森さんがお客さんから「メーカー違くてもいいですか?」と聞かれて「メーカーとかないから!」と返して笑いが起こったり、クマのぬいぐるみが並んでいるのを見て「めっちゃかわいい!」と喜んだりしていて、そのお陰でスタジオの緊張感が幾分和らいだように感じた。クマのぬいぐるみは美マネ(大森さんの女性マネージャーで美人なことからそう呼ばれている)が並べたのだが、大森さんが「佳苗ちゃんとは違う美的センスを感じる」と評していた。

配信が始まる直前に大森さんが「配信って始めから見る人より途中から見る人の方が多いのかな?最初から見るか。じゃあ最初に“音楽を捨てよ”やりますね」と言って、さらに本番1分前になってふと思いついたように「“音楽は魔法ではない”の合唱から始まってもらっていいですか?」と言い、配信開始10秒前くらいから観客に“音楽は魔法ではない”の合唱をさせ、ライブがスタートした。この日のライブのセットリストは以下のとおり。

 

音楽を捨てよ、そして音楽へ

TOKYO BLACK HOLE

みっくしゅじゅーちゅ

非国民的ヒーロー

ミッドナイト清純異性交遊

呪いは水色

オリオン座

君に届くな

あまい

東京秘めごと

少女漫画少年漫画

ハンドメイドホーム

アナログシンコペーション

マジックミラー

 

<配信終了後>

剃刀ガール

 

アンコール

Over The Party

さっちゃんのセクシーカレー

ゆずれない願い田村直美

謡曲

 

“音楽を捨てよ、そして音楽へ”から“マジックミラー”までのライブやMCの様子はアーカイブを見てもらえればと思うが、途中の“ミッドナイト清純異性交遊”と“呪いは水色”の間に“流星ヘブン”のMVを流す時間があり、その間にも大森さんはスタジオで色々な話をしてくれていた。“ミッドナイト清純異性交遊”の後にVTR振りをしてMVが始まった瞬間に大森さんは「いぇーいオフライン!」と言って観客を笑わせてから、「今日嫌なことがあった人いますか?誰もいなかったらマネージャーに振るけど、あの人エピソード強すぎるから控えたいんですけど」とか「でも今日は宣伝のライブだからこんな大森靖子効果があった、人生が良くなったっていうのにしようかな」など、この日この場所にいる30人の観客とリアルタイムでライブを作り上げようとしていて、その空間を自分がその30人の中の1人として共有していることに得も言われぬ高揚感を感じた。と思いきや急に話が逸れて、某雑誌でとあるバンドが「客と共依存する関係マジ無理」「それで曲を作るのは情けない」と言っていたのを見てうるせー!それでも好きなことはやれるんじゃー!と思ったという話(そのバンドの音楽は良いけどね、と後でフォローを入れていた)や、宇多田ヒカルさんのインタビューに自分のブログみたいな普通の人間っぽいところが書いてあって好感を持ったという話をしたりして、なんとも“ライブ”感のある時間だった。スタッフの人がもうすぐMVが終わることを告げると、大森さんは「ここから始めようかな」と言って客席の中央に設置されたマイクの所へ来た。その間にも「後ろの方の人、見えなかったら椅子ずらしてもらっていいですからね」と気配りをしたり、良いことがあったエピソードを話してくれたお客さんにピックをプレゼントしたりと配信再開ぎりぎりまで様々なやりとりがあった。

配信が再開した後はノンストップでライブが続き、“マジックミラー”で配信が終了すると「はい、配信終了です。ありがとうございました!」と言ってすぐに配信中に最前列の女性からリクエストがあった“剃刀ガール”を歌い始めた。僕もこの曲が好きで、それもライブでは滅多に聴けない曲なので、それをこの少人数で聴けるというシチュエーションを目の当たりにして今日一日でどれだけの運を使い果たしてしまったのだろうと思った。歌い終えると大森さんは自ら手拍子をして「アンコール、アンコール」と言い始め、それにつられて観客が数回アンコールを言ったところで「アンコールありがとうございます!」と言ってすぐさまアンコールが始まった。ひとしきりお客さんや美マネとのやりとりがあり“歌謡曲”と“Over The Party”をやることになった。最初に“Over The Party”をピントカ仕様(大森さんが以前組んでいたバンドである大森靖子 & THEピンクトカレフの“進化する豚”の歌詞をお客さんに歌わせるバージョン)で歌った。歌い終えると大森さんが突然「この中に向井秀徳さんはいらっしゃいませんか?向井秀徳さんっぽくセクシーカレーを歌える人いますか?」と言い出した。向井秀徳さんは音楽ファンにはもはや説明不要だが、2002年に解散したNUMBER GIRLという伝説的なバンドの中心人物で、今はZAZEN BOYSというバンドやKIMONOSというデュオ、そしてソロで活動を続けている、僕も大ファンのミュージシャンだ。

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この日のライブの数日前にその向井秀徳さんがライブで大森さんの“さっちゃんのセクシーカレー”をカバーしたという情報がネットに流れていた。

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大森さんは「ちょっと考えてみたんですけど、私の思う向井秀徳さんが歌っているさっちゃんのセクシーカレーやりますね。サビだけ。AメロBメロは普通に歌って、サビが向井秀徳さんになります」と言って演奏を始めた。とても文字では表現し切れないのだが、サビに入るとギターをガッと弾きながら力強く「セッ!セッ!」と何度か繰り返してから「セックゥシーカーレィー!ハッ!」といった感じで、多少誇張した感じの向井秀徳さんのモノマネをしながら歌っていた。似ているかどうかはともかく勢いがあって超絶面白く、僕はこの日一番笑ったと思う。

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そして最後の曲を歌おうとした時になかなかメロディーが出て来ず、「やーわーらーかー…いー未来をー目指してー♪」と田村直美さんの“ゆずれない願い”になってしまったりしながら、きちんと軌道修正して“歌謡曲”を歌い、配信終了後の30人のためだけのライブは10分ほどで終了した。

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最後にステージで集合写真を撮ってからスタジオを後にし、再びエレベーターで下まで案内された。名残惜しいのもあって知り合いのファンの人達と建物の下でしばらくダラダラと話をしてから家路に着いた。ここには書かなかったが色々と思いがけない出来事もあり、ただただ夢のような時間だった。

最近これからの自分の人生と大森靖子という人の存在との関係性を考えることがある。今回の30人限定ライブは、そのことに少なからず影響を及ぼす特別な時間となったのは間違いない。

僕がアナログシンコペーションを好きな理由

2017年3月15日、“超歌手”を自称するシンガーソングライターの大森靖子さんが、メジャーとしては3枚目のアルバム“kitixxxgaia”(キチガイア)を発売した。恥ずかしながらまだアルバム全体を十分に聴き込めていないのだが、現時点ではっきり言えるのは、このアルバムの一番最後(ボーナストラックがあるバージョンでは最後から2曲目)に収録されている“アナログシンコペーション”という曲がとても好きだということである。今僕が音楽を聴く時はアナログシンコペーションに始まりアナログシンコペーションに終わると言ってもいいくらい、この曲を繰り返し聴いている。ちなみに、僕のTwitterの大森さんファンを中心とするタイムラインでも、この曲に心奪われている人をよく見かける気がする。なぜこの曲がそこまで人を惹きつけるのか、頭の中で考えていてもすんなり答えが出ないので、この機会にブログを書きながら考えてみることにした。アルバム発売から一週間以上が経ち、既に多くの人がこのアルバムについての感想や考察を綴っていて、今から僕があれこれ書くのは遅きに失した感があるものの、あえて自分なりの考えを、それもただ一曲だけについてひたすら書いてみたいと思う。なお、僕は今回のアルバムに関する大森さんのインタビューやファンの方のブログなどを追い切れていない状態でこれを書いているので、認識不足があったり書いていることが被ったりしているかもしれないという言い訳をしておく。

まず、僕がこの曲を初めて聴いたのは、2月28日に開催された大森さんのファンクラブイベント“大森靖子の続・実験室 vol.26”で、このイベントでは毎回後半にギター弾語りでのライブが行われるのだが、この日のライブで新曲として初披露されたのがアナログシンコペーションだった。初めて聴いた印象は、シンプルながらも良いメロディーで、サビの言葉を畳み掛けるところが聴いていて気持ち良い、といった程度で大まかな全体像を捉えるので精一杯だったが、無性に心がじんわり熱くなるような静かな感動があった。それは、昨年9月に大森さんが“生ハムと焼うどん”という2人組女性アイドルと新宿LOFTで行なった2マンライブで、“オリオン座”を新曲として初披露したのを聴いた時の感覚に似ていた。

その次に聴いたのは、3月4日に鹿児島の鹿屋で開催された“大森靖子とKANOYA MUSIC FREAKS”という、地元の女子高生シンガーソングライターの藍さん、ラッパーのDOTAMAさん、そして大森さんという面白い組み合わせでのライブだった。

この日の大森さんのライブも弾語りで、ギターを抱えた大森さんが会場内を縦横無尽に動き回って地元の人達に絡みまくるという、この日にしか生まれ得ない良いライブだったのだが、そのライブで2度目のアナログシンコペーションを聴いて改めて感銘を受け、「しばらくこの曲を聴くためだけにでもライブに通いたい」とライブ終了後に知り合いのファンの方に熱く語ったのを覚えている。

そして3回目に聴いたのは、3月6日にヴィレッジヴァンガード渋谷宇田川店で開催された「kitixxxgaia」のリリースイベントだった。

この日は“kitixxxgaia”の音源を流しながら大森さんがそれに被せて歌うというカラオケ方式のライブで、ニコ生での配信も行われた。この日の会場となったヴィレッジヴァンガード渋谷宇田川店はこの3月をもって閉店することになっており、大森さんは間も無く最後を迎える店内をなるべく映像に収めておこうとするかのように、終始動き回りながら歌っていたのが印象的だった。大森さんは商品をネタにして笑いを取ったり、お客さんとデュエットしたりと自由奔放なライブでとても楽しかったのだが、それと同時に初めてアルバム全体を通して聴きながらジェットコースターのように感情が揺さぶられるのを感じていた。それは何年かに一度あるかないかの感覚で、ライブ中ずっと「このアルバムは凄い」と心の中で呟いていた。この日のライブを見たことによって、僕が知る限りでは今日本で一番面白い音楽をやっているのは大森さんだと確信したと言っても過言ではない。そのライブの終盤では、もちろんアルバム収録曲であるアナログシンコペーションも披露され、大森さんはアルバムの音源をバックに体を大きく揺らして手振りを交えながら歌っていて、ギター弾語りの時とはまた違った感情の高ぶりを感じさせられるパフォーマンスだった。

今のところアナログシンコペーションをライブで聴いたのはその3回で、後のリリースイベントやライブは仕事で予定が合わず行けていないが、Twitterを見ているとその後もこの曲は毎回セットリストに組み込まれているようである。そして驚いたのは、ラジオか何かだったと思うが、大森さんが今回のアルバムの中で少なくとも“ドグマ・マグマ”とアナログシンコペーションの二曲を聴いてもらえれば言いたいことは全て伝わる、といった趣旨の発言をしたのである。ドグマ・マグマは間違いなく今作のテーマソングといえる壮大なスケール感の楽曲であり、Music Videoも絢爛豪華な作りでとても力を入れているのが分かる。

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大森さんの発言を聞くまでは、アナログシンコペーションがそんなドグマ・マグマと並ぶ重要な位置付けの曲だとは思っていなかったので、アルバムを手に入れてからはすぐさま歌詞カードでアナログシンコペーションの歌詞を何度も読み込んだ。歌詞はゆったりとした3拍子のリズムに乗せて次のように始まる。

 

あのステージへ続く光の道 眩しくて足元よくみえない

つまずいたあの日の石を拳に握りしめて強く歩いてきた

 

まず始めに「ステージ」というワードが出てくる。アルバムの一曲目を飾るドグマ・マグマの冒頭で大森さんが「感情のステージにあがってこい」と言い放つのだが、この最後の曲で再び同じ単語が使われている。ただし、ここでいう「あのステージ」とは「感情のステージ」のことではなく、それを越えたもっと先にあるステージを意味しているように思われる。僕が大森さんを好きな理由の一つとして、常に現状に満足せず、ストイックに上へ上へ行こうとする姿勢を感じるという点がある。「あのステージ」とは、そんな大森さんが目指している更なる高みを指しているように思えてならない。また「あのステージ」へ続くのは、足元がよく見えないほどの眩しい「光の道」だが、そこには多少の不安がありつつもそれに勝る希望が存在しているように感じられる。

続く歌詞では、これまでの道のりが決して平坦ではなかったこと、そしてその障害をきちんと自分の糧にしてきたという大森さん自身のこれまでの生き方に対する自負を示しているようである。大森さんは今年、歌手活動10周年を迎える。大森さんの“音楽を捨てよ、そして音楽へ”という曲に「全力でやって5年かかったし、やっとはじまったとこなんだ」という歌詞があるが、昨年行われた全国ツアー“TOKYO BLACK HOLE TOUR”の大森さんの地元である松山での凱旋公演で同曲を歌った際、歌詞の「5年」を「10年」と言い換えて歌ったということがあった(ごく最近のライブでもそのように言い換えて歌ったというツイートを見かけたような気がする)。アナログシンコペーションの最初の2行の歌詞は、10周年という節目の年に改めてそのことを歌ったものではないだろうか。ここから曲は転調して力強く加速していく。

 

みんなからは私が汚く

私からはみんなが美しく光ってみえる呪いを

こんな石は捨ててしまおうか

ただ私のかなしみはこの世界の犠牲ではなくて

それ自体が喜び

 

大森さんは“呪いは水色”という曲で、人が生きていく上でどうすることもできない運命や業などを「呪い」という言葉で表現しており、ここでも自分の劣等感のことを「呪い」と言い表している。その「呪い」=「石」を捨ててしまいそうにもなるけれど、その「かなしみ」を「喜び」と捉え、さらに続く歌詞でその「喜び」=「Joy」に対して「ur (you’re) my friend」と呼びかけている。これは大森さんが音楽活動の一つのテーマとしている“肯定”そのものに他ならない。

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Hey Joy, ur my friend

平常に生きてる

少女は掌握してる 嫉妬してる

透明衝動

未来都市線 夜は飛行機雲みえない

重ねてよ アナログシンコペーション 美学を

あなたとの違いを シンコペーション

 

この辺りから小気味よく韻を踏みながら歌詞が続いていくのが聴いていて気持ち良い。僕はナンバーガールというバンドが好きで、初披露の時からそのバンドの曲名である「透明少女」と言っていると思い込んでいたのだが、歌詞カードを見たら正しくは「透明衝動」で、聞き間違いをしていたことが分かった。ただ、その前の歌詞で「少女」という単語が使われているので、もしかすると大森さんは意識したのかもしれないし、単なる偶然かもしれない。

その次の「未来都市線」という言葉は、一見響きの良さだけで使われているようにも思えるが、実はここにこの曲の主題が含まれていると思っている。それについてはまた後ほど書くことにする。そしてサビの最後の歌詞では曲のタイトルが用いられている。僕は音楽の専門知識がある訳ではないので、色々と「シンコペーション」について調べた結果、リズムをずらして演奏する手法の一つ、というところまで理解できた。それを踏まえて歌詞を読むと、「私」と「あなた」のリズムを合わせる必要はないし、寧ろ合わせてしまうと単調でつまらない音楽に成り下がってしまう、つまり、誰かと違った美学を持っていていいし、それを無理に変える必要はなく、そのままでいていい、という先ほどと同様の“肯定”のメッセージが込められていると解釈できるのではないかと思った。

なお、この歌の主人公は自分のことを「私」と呼び、相手のことを「あなた」と呼んでいる。前回のアルバム“TOKYO BLACK HOLE”の表題曲では、登場人物は「僕(ぼく)」と「君」だったが、僕の中でこの二人は実在しない架空のキャラクターだというイメージを持っている。一方で、今回の「私」は、歌詞を読めば読むほど大森さん自身のことを言っているのではないかと思える。ただし、大森さんが“マジックミラー”で歌っているように、ここでいう「私」は大森さんを鏡として写し出されている僕たちであるかもしれない。

サビが終わると、曲は再び転調して3拍子のリズムに戻る。音源ではこの時に大森さんが小さく「あっ」と言う声が入っていて、大森さん自身がこの転調についていけずに躓いているかのようだ。この繰り返される転調も、先ほどの「リズムを合わせる必要はない」という意味を曲の構成自体にも込めたものではないか、というのは深読みしすぎだろうか。

 

このステージで掴む きらきら星は

掴んだ瞬間に 消えてしまうの

愛は生まれすぎる 歌ってもまだ

人生を食べては また生まれる

 

ここで再び「ステージ」という言葉が出てくるが、「このステージ」は今大森さんが日々立っている「感情のステージ」のことだろう。僕もここ一年間で大森さんのライブをそれなりに見る機会があり、正に「きらきら星」を掴む瞬間に何度か遭遇した。その輝きはライブが終わるとあっという間に消えてしまうものだが、僕がライブに通うのはその「きらきら星」を掴む瞬間に立会うためである。昨年の夏フェスや全国ツアーでの大森さんのライブを見ながら、これをもっと多くの人に見てもらいたいと強く思ったことを思い出す。そしてこの辺りから歌詞に「愛」という言葉が一つのキーワードとして出てくる。曲は再び転調してテンポを上げていく。

 

甘いショートケーキが倒れて

だらしない形でも 美味しいなんて 嫌なの完璧じゃない

こんな愛を捨ててしまおうか

使い方次第で ひとつの世界を終わらせてしまう

形ない核兵器

 

このショートケーキの歌詞は女の子目線のようだが、男の自分でもこの気持ちはよく分かるし、誰しもが持つ「拘り」や「拗らせ」の部分を絶妙に描写していると思う。そんな拘りが衝突を引き起こしたり、拗らせが修復不可能なほどに悪化したりして、「こんな愛を捨ててしまおうか」とさえ思うことや、そんな愛が「使い方次第で ひとつの世界を終わらせてしまう」こともあると歌っている。ここでいう「ひとつの世界」とは、歴史的には愛が文字通り一つの国を滅ぼしたこともあるが、ここではあくまでも一人一人の人生や生活のことだと思う。そして、愛は時に人一人の世界を終わらせてしまうほどの破壊力を持つ「形ない核兵器」になり得ると言っている。「終わらせてしまう」というのは、精神的な意味においてだったり、実際的な意味においてだったりするだろう。ただし、それは裏を返せば、愛は使い方次第で自分の世界を守ることができる、何にも勝る強力な武器になるということを意味しているのだと思う。ここから曲は再びサビに入る。

 

Hey Joy, ur my friend

平常を創ってる

ルールは掌握して スルーしてる

透明衝動

未来都市線 夜は飛行機雲みえない

重ねてよ アナログシンコペーション 美学を

あなたとの違いを許せずに 向き合うことに疲れたなら

同じあの光のなかで同じ夢と向き合って

それぞれ音をならそう

 

1回目のサビでは「あなたとの違い」を受け入れることができていた「私」が、2回目には許すことができなくなっている。さっきとは別の部分の「違い」なのかもしれないし、同じ「違い」だが「私」の気分や考えが変わったのかもしれない。人はみんな違っていて当たり前と頭では理解していても、それでいついかなる時も相手の全てを受け入れられるほど人は単純にできていないし、昨日許せたことも今日には許せなくなることだってあると思う。そこで大森さんは、そんな時には向き合い方を変えてみるといい、という新しい視点を提示してくれている。そして、ここでいう「あの光」は冒頭の「光の道」であり、「夢」は「あのステージ」のことだろう。「私」と「あなた」は「あのステージ」という同じ「夢」を共有していることが分かる。落ちサビを抜けて、曲はクライマックスに入る。

 

混沌から未来を絞り出す どでかいひみつきち

Hey Joy, ur my friend

平常に生きてる

少女は掌握してる 嫉妬してる

透明衝動

未来都市線 二本の飛行機雲重ね

キチガイアナログシンコペーション

個性を重ねてよ アナログシンコペーション

キラキラ

 

ここで出てくる「混沌」は足元がよく見えないほど眩しい「光の道」であり、そこから「未来を絞り出す」ことは「夢」である「あのステージ」を目指すことである。そして、そのための「ひみつきち」は「私」と「あなた」の二人だけの小さな秘密基地ではなく、「どでかいひみつきち」である。つまり、ここまで「私」と「あなた」は二人の登場人物として描かれていたと思っていたが、実は「私」が向き合っている「あなた」は一人ではなく、「あなた(たち)」=「みんな」だったということだ。「私」と「みんな」の「どでかいひみつきち」、それこそが「キチ(基地)ガイア(地球)」である。「私」と「みんな」で「あのステージ」という「未来」の「夢」を目指すための歌、それがアナログシンコペーションという曲なのではないだろうか。ただ、大森さんは決して「みんな」との関係を一対多と捉えているのではなく、一対一×多であろうとしている。1回目、2回目のサビでは「夜は飛行機雲みえない」と言っていたが、最後のサビでは「二本の飛行機雲重ね」と言っている。あくまでも「私」と「あなた」を一対一の関係として捉え、「二本の飛行機雲」を、「個性」を重ねていこうとしている。

曲の最後は大森さんが儚げな、ただし力強い声で「キラキラ」と繰り返し歌って終わる。実はボーナストラックが入っているバージョンではとある仕掛けが施されており、僕はそれを知ってから曲の最後の部分について自分なりの解釈をしているのだが、あえてそれはここには書かないでおこうと思う。

これまで大森さんは過去や現在における風景や感情を鮮やかに切り取って歌ってきた人だ。それが打って変わって、アナログシンコペーションでは今までにないくらい「未来」や「夢」を歌っている。大森さんが過去の記憶や現在の現実から未来の夢へ目を向けて希望を託したこと、それがこの曲において福音のように鳴り響いていること、それが僕がアナログシンコペーションを好きな理由なのではないかと思った。

 

なお、このブログを書いている週のオリコンのウィークリーCDアルバムランキングで、“kitixxxgaia”が初登場10位にランクインした。大森さんにとって歴代最高位である。

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大森さんはその結果を受けて次のようなツイートをしている。

「私の美学で孤独も自由も肯定し尽くして、個性を重ねるのが容易い世界」をつくること、それが大森さんが目指す「あのステージへ続く光の道」なのかもしれない。

2016/11/04 大森靖子@TOKYO BLACK HOLE TOUR HIROSHIMA● LIVE JUKE

大森靖子さんの全国ツアー「TOKYO BLACK HOLE TOUR」9日目の広島公演を見てきた。

広島公演は10月9日の大分公演以来となる弾語り公演で、今回のツアーにおける弾語りでのライブはこの日がラストとなる。広島公演の日は東京から始発の新幹線で尾道へ行き、夕方まで観光してからライブ会場であるLIVE JUKEへ向かった。

LIVE JUKEは、広島市中心部の平和大通り沿いに建つビルの19階にあるライブハウスで、この平和大通りではライブの日の翌日に25年ぶりにセ・リーグ優勝を果たした広島東洋カープの優勝パレードが行われた。開場時間の18時半頃にビルのエレベーターで上がって会場へ着くと、ロビーは入場を待つお客さんで一杯だった。

会場の中へ入ると、左手にバーカウンターがあり、右奥が天井から床まで一面ガラス張りの窓になっていて、その向こうに広島の夜景が広がっていた。その窓際にギターとグランドピアノがセッティングされていた。

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事前にインターネットで会場の写真を見て、椅子席は窓側に向かって整然と並んでいる様子を想像していたが、実際には中央に花道のような空間が設けられていて、それを囲むように椅子が並べられていた。秋田公演の時とやや似たレイアウトだが、この日の方が雑然とした並べ方で、向かい合うお客さん同士の距離がずっと近かった。

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ナナちゃんはその花道の床の上に置かれており、頭には大森さんのサイン入りのおもちゃ(?)が乗せられていた。そしてナナちゃんの下にはなぜか広島の「むさし」の地図が敷かれていて、大森さんの字で「あれ〜?ナナちゃんのイタズラで、今日はなんだかイスの配置が不思議だな〜ʕ*•ᴥ•ʔ✩」と書かれていた。そういった大森さんの遊び心を感じさせる演出もあり、事前に予想していたようなかしこまった雰囲気はなく、開演前の会場は和やかでリラックスしたムードに包まれていた。

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開演時間の19時半になり、バンド編成の時と同じSEが流れて大森さんが登場し、ライブがスタートした。

この日のセットリストは以下のとおり。

<ギター弾語り①>

TOKYO BLACK HOLE

マジックミラー

PINK

さっちゃんのセクシーカレー

あまい

ミッドナイト清純異性交遊

君と映画

さようなら

朝+

I & YOU & I & YOU & I

SHINPIN

hayatochiri

背中のジッパー

給食当番制反対

Over The Party

絶対彼女

デートはやめよう

あたし天使の堪忍袋

ノスタルジックJ-POP

 

<ピアノ弾語り①>

キラキラ

Wanderin' Destiny (globeカバー)

君に届くな(新曲)

HOWEVER (GLAYカバー)

謡曲

KITTY'S BLUES

青い部屋

オリオン座

 

<ギター弾語り②>

非国民的ヒーロー

魔法が使えないなら

少女漫画少年漫画

 

アンコール

<ギター弾語り③>

愛してる.com

呪いは水色

 

この日の大森さんは黒いワンピースに十字架のペンダント、花の刺繍が入った黒いショートブーツという装いだった。1曲目は“TOKYO BLACK HOLE”で、この日のギター弾語りは終始マイクを使わずに生声で歌い、ギターもアンプを通さずに生音で演奏していた。続いて“マジックミラー”“PINK”と歌ったが、この最初の3曲はツアー初日の秋田公演と同じだった。“PINK”を歌い終えると、大森さんは久しぶりとなる広島のファンに、しばらく会えない間にも独自のペースで生活を頑張ってくれて、今日その生活を持って来てくれてありがとうございますと言い、今日は独自の前方後円墳のような椅子席で、私が全部並べましたと話していた。

次の“さっちゃんのセクシーカレー”では、歌い始めてすぐに花道沿いに座っていたかなりさんを見て「髪型被ったね…被りを気にして皆がしない髪型をしたつもりだったのに…」と絡んでいた。続いて“あまい”、そして唯一ペンライトを使える曲ということで“ミッドナイト清純異性交遊”をフロアを移動しながら歌い、客席の間を通って後ろの方まで行っていた。

“ミッドナイト清純異性交遊”を歌い終えると、近くに座っていた広島の大森さんファンであるはまださんに話し掛け、はまださんの彼女の話などごく私的な会話をしばらくしてから、リクエストを聞いて“君と映画”を歌った。その後もバーカウンターの方へ移動し、お客さんと親しげに話をしながら“さようなら”や最新シングルの“POSITIVE STRESS”のカップリングである“朝+”を歌った。続いて“I & YOU & I & YOU & I”を歌ったところで「よし、意外と動線を作れていたぞ!楽しかった!」と言って中央の花道へ戻った。フロアを練り歩きながらリクエストを聞いて歌うのは今年の6月に行われた甲府の桜座での「ハミングバード爆レス歌謡祭」を思い出させたが、この日はその時よりもお客さん一人一人と時間をかけて会話を交わしていて、それによって会場全体がアットホームな雰囲気になった気がした。

花道で“SHINPIN”“hayatochiri”を歌ったところで、夜景が見える窓の方を見ながら「皆で地球から逃げ出した感がすごいので、そういう設定でいきます」と言って“背中のジッパー”を歌った。続いて“給食当番制反対”“Over The Party”を歌った後、大森さんが前方後円墳の円の先端に当たるところに座っていたまるおさんにピックをプレゼントするのが見えた(自分の席からは見えなかったが、ナナちゃんの頭の上に乗っていたおもちゃや下に敷いていた紙も近くのお客さんにプレゼントされたらしい。)。自分の席からはまるおさんの顔がよく見えたのだが、その時のまるおさんの何とも嬉しそうな表情が印象的だった。

次の“絶対彼女”ではいつもどおりに女の子とおっさんに分かれてサビを歌ったのだが、おっさんパートを聞いた大森さんが「今日美声じゃない!?どうした?なんで?」と驚き、もう一度おっさんにサビを歌わせると「あなただね!?」と花道沿いの最前に座っていた男性をロックオンした。男性の横に座っていたお客さんに「だよね!?」と確認して、男性に「ソロで!」と言ってソロで歌わせた。その歌声は確かに美声で、大森さんが「めっちゃいい…」と言っていた。

“絶対彼女”を歌い終えると、「今日は歌うのがいいんだね、オッケーオッケー」と言って、再度まるおさんをイジってから“デートはやめよう”を歌った。「変な柄のシャツ 目が痛くなるよ」のところでは、花道の最前のお客さんが着ていた意識高いTシャツに顔を近付けて目が痛くなる演技をしていた。「エロいことをしよう」のところでは、揚げもみじまんじゅうにアイスを付けて売っているお店があり、それが死ぬほどうまいという話をして、あったかい揚げもみじまんじゅうと冷たいアイスが溶ける接合部のエロさを想像しながら歌ってください、と言ってお客さんに歌わせたが今一つだったようで、「ちゃんと想像した?もみじまんじゅう感伝わらなかったよ」と言って、今度はもみじまんじゅうの振り付け(島田洋七さんのギャグのように手でもみじまんじゅうのシルエットを描く)をしながら歌おうと言って、全員でもみじまんじゅうの振り付けをしながら歌った。花道に立つ大森さんを囲んで、皆でもみじまんじゅうのシルエットを描きながら「エ〜ロい〜ことをしよう〜」と歌う光景はなかなかシュールだったが、とても面白かった。

次の“あたし天使の堪忍袋”でもお客さんが一緒になって歌ったところで、大森さんがピアノの椅子に腰掛けて足を組み、ギターを抱えて“ノスタルジックJ-POP”を歌った。「ここは君の本現場です」のところで、大森さんがピアノの真横の席に座っていたしなもんさんを見て大きく頷き、しなもんさんもそれに応えて大きく頷き返したところ、しなもんさんの隣に座っていたもりおさんがそれを見て笑い出してしまい、大森さんが演奏を止めて「隣が笑うのやめて、やりづらいから(笑)」と言った。仕切り直して再び「ここは君の本現場です」の歌詞から歌い始め、また大森さんとしなもんさんが頷き合うと、今度はしなもんさんの前に座っていたのわさんが笑ってしまい、大森さんが「お前も隣だよー(笑)」と言い、再度仕切り直しに。三度目は笑いが周りに広がってしまい、「広がらないで(笑)」と言って止まりかけたが、何とか続行して歌った。しかしそれで終わりではなく、歌の途中でもりおさんが泣いている(後で聞いたところでは、この曲を聴くと訳もなく泣いてしまうらしい)のを大森さんが見つけ、もりおさんの方も泣いているのを大森さんに見つかったことに気付いて慌てふためくリアクションをしたので、それでまた周りが笑っていた。

ここからはギターを置いてピアノの弾語りへ。“キラキラ”からスタートし、続いてglobeのカバーで“Wanderin’ Destiny”を歌った。この曲のマーク・パンサーのラップパートでは、お客さんに曲の途中で無茶振りをしてマイクを渡し、ラップをさせる一幕があった。歌い終えると大森さんがそのお客さんに笑顔で拍手を送っていて、それでそのお客さんは報われたようだった。そのままMCに入り、「今日会場見てディナーショー感出ると思ってたでしょ?ところがどっこい前方後円墳システムだったんだな(笑)」と言って、大森さんが愛媛県松山市出身で、広島とはスーパージェットという船で1時間半くらいだが、来週地元凱旋公演がありライブに来た人は誰でもカラオケに行けるので、ぜひそっちにも遊びに来てほしいという話をした。そしてiPhoneを取り出し、それを譜面台に置いて次の曲を始めた。「ゆらゆら」と「BABY BABY BABY BABY LOLI LOLI LONELY DOLL」という歌詞が特徴的な曲で、歌い終わった後にこれは“君に届くな”という新曲で、来月発売のシングルの3曲目にピアノ弾語りで収録されるものだと紹介された。この曲のピアノのソロはXファイルのテーマ曲と同じ音で、GLAYもそうだと言っておもむろに“HOWEVER”を歌い始め、そのまま続けて “歌謡曲”“KITTY’S BLUES”“青い部屋”を歌った。そして「合唱いくよー」と言って皆で歌詞のプリントを見ながら“オリオン座”を歌い、ピアノ弾語りは終了。

ここでMCに入り、まだ発売していない曲、しかもTOKYO BLACK HOLEツアーなのに全然関係ない曲の合唱に付き合ってくれてありがとうございます、今日もここに来てこんな感じだったら前方後円墳にしたいとか、あれやりたいとかこれやりたいとか思いついたことにずっと付き合ってきてくれている方とか、今日初めて来て「えっ?」って思った方も、誰もいないと出来ないのでずっとそういうのが出来ていて本当に嬉しく思う、私のライブは最初の頃は本当に誰もいなかったが、ちょっとうまくいっているかもと思った時に会場より客足の方が先に伸びた時も大体この位(顔のすぐ前に手を置く)でライブをやっていたけど、こういう大きさでできるのは気持ち良い、と話していた。

また“オリオン座”について、嫌なことがあった日も、何もうまくいかないという日も、もう死にたいという日も、月は見守ってくれている感じがあるが、オリオン座はただそこにある感じ、ふと見上げたらあぁあるなという感じで、それは冷ややかだったりするけど、自分にとってオリオン座というのはそういう星座で、歌もそういう風にありたいと思って、見守ったり突き放したりするのではなく、ただそこにある歌みたいなのがあってもいいんじゃないかと思って作ったという話をしていた。

そして、最新アルバムのTOKYO BLACK HOLEにも色んな曲が入っていて、違う気分の時に聴いたら違う風に聴こえるかもしれないので、それをTwitterのDMやリプライで「今日はこういう風に思いました」と送ってくれたら「そんな解釈があるんだ、じゃあそっちで」みたいな気持ちになるのでいっぱい送ってほしい、色んな気持ちの時にそばにいれたらいいなと思ってたくさん曲を作っているので、これからもよろしくお願いします、と言ってギター弾語りを再開し、“非国民的ヒーロー”“魔法が使えないなら”“少女漫画少年漫画”を歌って本編は終了。

アンコールで登場した大森さんは、TOKYO BLACK HOLEツアーは1時間半を目標にやっていて毎回2時間になってしまい、今日はglobeが長かったとマネージャーと反省したという話をしてから、今日嫌な事があった人?と質問し、2年付き合った彼氏に今日の朝メールでフラれたと答えた女性にやってほしい曲を聞いたところ、その女性は“愛してる.com”をリクエストした。会場全体が「え?フラれたのに愛してる.com?」となって大森さんもお客さんも爆笑していた。歌い終わった後、大森さんがその女性に「お陰でみんな色んな意味を…曲に含みができてよかった(笑)」と言っていた。そして最後に“呪いは水色”を歌ってこの日のライブは終了。

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この日のライブでは、向かい合って座っているお客さんの顔がよく見えたので、初めの数曲で既に顔をぐしゃぐしゃにして泣いている人、恋する乙女の表情で大森さんをじっと見つめている人、もはや大森さんの方を見ずに下を向いて泣いている人、ピックをもらって恍惚の表情を浮かべている人、ずっと顔色を変えずに聞いていたのにピアノ弾語りで思わず泣いてしまう人など、色んな表情が見えて、大森さんはいつもお客さんのこういう顔を見ながらライブをしているのだと思い、先日の札幌公演の時にそれを「面白くて最高」と言っていたが、その感覚を少し味わったような気がした。

また、この日は会場のロケーションや雰囲気も良かったし、お客さんのリクエストを含めセットリストも良かったし、大森さんの生音のギター弾語りと長めのピアノ弾語りも両方良かったし、お客さんとの絡みも内輪ノリ満載で面白かったし、とても居心地の良い楽しいライブだった。振り返ってみると今までの大森さんの弾語りで一番良いライブだったかもしれない。

ライブ終了後は大森さんファン十数名で反省会をし、二次会では焼売さん、もりおさん、まるおさん、しなもんさんと牡蠣料理を食べに行った。皆で今日の大森さんとの絡みを振り返ったりしてとても楽しかった。朝4時くらいにホテルへ戻って少し休み、10時頃にホテルをチェックアウトして広島東洋カープの優勝パレードを見てから広島駅へ行き、新幹線で東京へ戻った。

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大森さんがライブの翌日にブログを更新し、広島公演について書いていた(ブログでツアー公演について書くのは長崎・大分以来)のと、このライブで初披露された“君に届くな”の歌詞も含めた12月14日発売の「オリオン座/YABATAN伝説」の内部資料を公開していた。個人的にはMCで「ただそこにある歌」として作ったという“オリオン座”がどういう仕上がりになっているのか、今からとても楽しみにしている。

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2016/10/29 大森靖子@TOKYO BLACK HOLE TOUR SAPPORO● PENNEY LANE24

大森靖子さんの全国ツアー「TOKYO BLACK HOLE TOUR」8日目の札幌公演を見てきた。

札幌公演の前日に大森さんはChim↑Pomの新作個展「また明日も観てくれるかな?~So see you again tomorrow, too? ~」で行われたオールナイトイベント『ART is in the pARTy』に弾語りで出演しており、そのイベントにはシークレットゲストとしてあの小室哲哉さんも出演してライブを行った。そのライブの模様はYouTubeで配信されており、札幌へ行くために朝4時起きの予定だったが小室さんのライブが終わる1時半まで起きて見てしまった。

朝は何とか予定どおりに起床して空港へ向かい、札幌行きの飛行機に乗った。この日はライブが終わった後もエンドレスな展開になる予感がしていたこともあり、札幌到着後は行列のできる味噌ラーメンを食べに行った以外はライブの開場時間までゆっくりと過ごした。

今回のツアーでは、弾語り公演は全て前売でソールドアウトしているものの、バンド編成の公演は今のところ仙台を除いて当日券が出ている。僕は今年の夏に、ピエールフェスから始まってフジロックap bank、ロッキン、ライジング、サマソニ、ワーハピ、ベイキャンプと様々なフェスに行って数多くのアーティストのライブを見てきたが、それを通じて今一番見るべきアーティストだと思ったのが大森さんだったので、まだまだ大森さんのことが知られておらず百人単位のライブハウスすら完売しないのは少し残念だと思っている。いつか「今では考えられないけど、TOKYO BLACK HOLEツアーの時はライブハウスのキャパでも完売していなくて、当日券も普通にあったよね」という会話をする日が来るといいなと思う。

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大森靖子ファン街中で4:44の写真撮りがち(これはさっぽろテレビ塔

会場であるPENNY LANE24へ着くと、既に会場横に大勢の人が整理番号順に列を作って待機していた。顔を見慣れた人達もたくさんいて、今回の遠征組の多さは九州以来だったと思う。札幌は10月とはいえ東京の真冬並みの寒さで、それにも関わらず意識高いTで待っている人もいて、これから始まるライブへの意識の高さを感じた。

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これ以降、ライブの内容についてなるべくネタバレにならないように書いているが、セットリストやMCなどの内容について触れているため、気になる方はこれ以降読まないことをおすすめする。

この日のセットリストは以下のとおり。

PINK

ミッドナイト清純異性交遊

生kill the time 4 you、、♡

イミテーションガール

私は面白い絶対面白いたぶん

非国民的ヒーロー

ピンクメトセラ

絶対彼女

劇的JOY!ビフォーアフター

愛してる.com

子供じゃないもん17

さっちゃんのセクシーカレー

オリオン座

給食当番制反対

少女漫画少年漫画

SHINPIN

呪いは水色

あまい

TOKYO BLACK HOLE

音楽を捨てよ、そして音楽へ

 

アンコール

マジックミラー

 

これまでのツアーでは、大森さんは“ピンクメトセラ”の縷縷夢兎の衣装、新⚫zのメンバーはTOKYO BLACK HOLE Tで揃えていることが多かったが、今回は何人かが新しい衣装で登場した。後のMCでこの衣装は発注が遅れていてやっと届いたものだと言っていた。

この日も“PINK”からスタートし、“ミッドナイト清純異性交遊”ではお客さんが一気に前の方に押し寄せる盛り上がりだった。“生kill the time 4 you、、♡”が終わるとMCに入り、北海道に来るのはライジングサン以来で、その時はお客さんに来てもらうために鼻セレブを配ったが、今日は鼻セレブを配らなくてもこんなに人が来てくれて嬉しい、札幌の皆さんは寒い所なのにとても暖かく迎えてくれるので、その一人一人の熱量を丁寧に音にしていこうと思う、と言って“イミテーションガール”へ。

“非国民的ヒーロー”の後のMCでは、1年半前の洗脳ツアーの時に北海道へは弾語りで来ていて、私はよく弾語りが一番と言われるのだが、北海道だけは「何でバンドで来てくれなかったんですか!?」と言われて、それが嬉しかったので今日はバンドで来たと言うと、お客さんから大きな歓声と拍手が起こった。それに乗っかってピエール中野さんがドラムをドンドン鳴らすと、大森さんが「こういうのムカつくけど(笑)」と言い、中野さんが「なんでだよ!盛り上げてるんだよ!」と反論すると、また大森さんが「お客さんはそれぞれのテンポで盛り上がってるからそういうのされたくない」とふてくされた感じで言い返し、中野さんが「それを許容できるのが大森靖子じゃないの?」と上手い切り返しをすると、大森さんが「やんのかコラァ!」とキレる(演技をする)という掛け合いがあり、その間ずっとお客さんから笑いが起こっていた。

“ピンクメトセラ”の後のMCでは、今回のツアーで欠かさずしているDMの話をして、これは大森靖子の規模が大きくなってもこのペースでやっていきたいと言っていた。これまでのツアーでは目の前のお客さんに対してDMを送ってほしいと呼び掛けていたのが、この日はもう一歩踏み込んだ言い方をしていたのが印象的だった。そして大森さんがお客さんに「今日嫌なことあった人?」と質問し、何人かのお客さんから答えを聞いた後、風俗嬢の友達から「稼げない」と八つ当たりされるという女性を“絶対彼女”のソロパートに指名した。その女性にはナナちゃんピックがプレゼントされ、本番のソロパートではお客さんのケチャを浴びながら見事な歌声を披露していた。

“絶対彼女”を歌い終わった後、風俗嬢つながりで闇金ウシジマくんの作者(真鍋昌平さん)の漫画に「大森靖子」と刺青を彫った風俗嬢が出てきたことがあって嬉しかったという話をしていた。

そして、今回のツアーでライブを見た人がネタバレを気にしてツイートしないようにしてくれているが、感想が分からないので大丈夫かな…と思っていたが、今日皆の目がバターサンドみたいに優しくなっているのを見て大丈夫だと思ったと言っていた(この後ギターのあーちゃんさんがバターサンドのモノマネ(?)をしていて大森さんが一人で爆笑していた)。他にも色々と話が飛びまくっていて、以前に話していたことも多かったのでここでは割愛するが、最後にギターの畠山健嗣さんが「セトリが長いからと言ってスタジオで話し合って削ったあの時間はなんだったんだ…」と言うくらい長めだったMCを終え、“劇的JOY!ビフォーアフター”に入った。

“さっちゃんのセクシーカレー”に入る前のMCでは、今回のツアーで度々している、この曲のモデルになったライバルについての話をして、ライバルと思う人はあまりいないが、演歌歌手やオシャレな人、顔が面白い人はカッコいいと思う、私のライブに来る人は顔が面白くて最高だと思っていて、今は感受性を殺して楽に生きている人が多いが、皆はちゃんと一つ一つの出来事を顔で受け止めているからちょっとずつ歪んでいて、その歪みが美しいと思える、そうやって真っ当に傷ついた人間だけが得られる喜びをライブで作っていきたい、という話をしていた。ちなみに、“さっちゃんのセクシーカレー”のアレンジがこの日のライブから少し変わっていた。

“オリオン座”では、この日も入場時に配られた歌詞のプリントを見ながら観客も一緒になって合唱し、終わった後には所々で鼻をすする音が聞こえた。このライブの2日後に配信で行われたLINE LIVE(大森さんの弾語りとゲストの根本宗子さんの一人芝居を交互に行い、配信中にLINEの大森さんの公式アカウントからメッセージやスタンプが送られる演出もあってとても面白かった)の中で、この“オリオン座”が次回のシングルになることが発表された。次回のシングルは10月26日発売の“POSITIVE STRESS”のファンクラブ限定盤に収められている、“大森靖子弾語りDEMO集楽曲総選挙”の中の“オリオン座”“春の公園”“ARUKU”の3曲から投票によって選ばれることになっていたが、“オリオン座”が圧倒的な支持を得て選ばれた。個人的にもこの曲がデモのまま終わる未来は考えられなかったので、シングル化されることになってよかったと思う。

“少女漫画少年漫画”の後のMCでは、今日は1人でライブに来ている人もいると思うが、私は自分で見てきた景色や自分で選んで手に入れたCDや漫画とかで人格が作られていると思っていて、でもそれが共通する人があまりいなくて自分は「ジョーカー」っぽいと思って寂しかったけどその孤独は大事だと思っていること、自分の女の子に対する汚い愛情や、性別は2個や4個ではなく3億個位あってそれが日によって変わると思っている感覚が自分だけなのかなと思って寂しいと感じていたが、それが“さっちゃんのセクシーカレー”や“少女漫画少年漫画”という曲になっていること、最新アルバムのTOKYO BLACK HOLEでそういった昔のことを歌っているのは、東京に来てやっとそういうものが武器になったからだと気付いたことなどを話して、そのTOKYO BLACK HOLEから他のツアーではまだやっていない曲ということで“SHINPIN”を歌った。

アンコールのMCでは、北海道は大森さんのファンクラブの会員数が東京と大阪の次に多くとても楽しみにしていたのだが、本当に楽しかったと言ってお礼を述べてから、バンドメンバーを一人ずつ紹介して呼び込んだ。畠山さんは普段呼び込まれることがないとのことで歩き方がぎこちなくなってしまい、大森さんがピアノの発表会で緊張して手足が揃ってしまう男の子みたいだと言っていた。ベースのえらめぐみさんは、大森さんに隙があってエロい、エロめぐみだと言われていた。中野さんは滑り止めが付いていて叩きやすいというピンク色の五本指ソックスを足を上げて見せていた。バンドメンバーの紹介が終わると、大森さんがナナちゃんを連れて来て、「1、2、3、4、5、6、ナナー!今ヤれるアイドル!特技は処女膜再生ステッキを使って処女膜を再生することです!出身が札幌ということで、今日は凱旋ライブでーす!」と自己紹介をしてナナちゃんコールをした後、「お前もお前もお前もお前も…セッ◯スしてやろうか!」と聖飢魔Ⅱ風の盛り上げ方をしていた。最後に、皆の見ているこのバンドも自分でカッコいいと思っているが、それよりも自分が見ているこの景色の方が美しいと思っているので、ここに鏡を貼ってそれをそのまま音にして返したいという曲、ということで“マジックミラー”を歌ってこの日のライブは終了。

個人的にこの日のライブは畠山さんのギターがとても格好良いと思った。技術的なことは詳しくないので分からないのだが、出音が前回までよりも格段に良かった感じがした。その分あーちゃんさんのギターなどとの一体感は少し薄れたような気がしたが、個人的にこの日の畠山さんのギターは今までで一番痺れた。また、この日は全体的にもパフォーマンスが良くなっていた印象があり、特に本編最後の“音楽を捨てよ、そして音楽へ”では、大森さんが最前にいたしなもんさんの手を借りてフロアの柵へ飛び移り、観客に突っ込んでもみくちゃになっている姿も愛に溢れていたし、その時にステージで今までにない鬼気迫る演奏をしているバンドメンバーの姿も目を見張るものがあって、正に「眼球足んない」となる凄まじい光景が目の前で繰り広げられていて、見ていて思わず笑ってしまうほどだった。この日のライブを見た人の中には、今までの大森さんのライブで一番良かったと言っている人もいて、それも頷けるライブだったと思う。

また、MCで曲を削ったと言っていたが、キーボードのカメダタクさんがいた名古屋・仙台公演のセットリストと比較すると、大森さんのキーボード弾語りの“キラキラ”と“KITTY’S BLUES”、そしてアンコールの“少女3号”が削られていて、一方で“PINK”と“非国民的ヒーロー”(仙台公演では弾語りでやっていたが、その分“生kill the time 4 you、、♡”が削られていた)が追加されていたので、トータルでは1曲少なくなっていた。個人的には“少女3号”が削られたのが少し残念だったが、この札幌公演はそれを全く不満に感じさせないライブだった。

ライブ終了後、地元と遠征組の大森さんファン十数名で居酒屋に行って反省会をした。ファンクラブの会員数が東京、大阪に次いで多いというだけあって、大森さんへの愛に溢れた濃い人達ばかりで楽しかった。野暮なので詳しくは書かないが、特にカオスちゃんは最高だった。二次会ではジンギスカンを食べに行き、その後はまた居酒屋で朝まで過ごすという予想どおりのエンドレスな展開だった。解散後に一旦ホテルへ戻り、少し仮眠を取ってから新千歳空港へ向かい、飛行機で東京へ戻った。

北海道には今回食べられなかったグルメがまだたくさんあるし、地元の大森さんファンの皆さんにもお会いしたいので、ぜひまた訪れたいと思う(そしてカオスちゃんにはぜひまた盛大に奢ってほしいと思う)。