2019年の僕を構成する10人

様々な音楽サイトや個人が2019年のベスト〇〇を続々と発表している中、僕にとって今年がどんな年だったかを振り返ると、“人”に惹かれて音楽を聴き、その“人”に会うために現場へ足を運んできた一年だったように思う。サブスクが音楽の聴取方法として主流になりつつあり、誰でも新旧問わず膨大な数の楽曲へ手軽にアクセスできるようになった今だからこそ、僕自身はより“人”としての体温や生き様を感じる音楽を求めるようになっていると感じる。そこで僕なりの2019年の振り返りとして、10枚のアルバムや10個の楽曲ではなく10人の“人”を取り上げてみたいと思う。

 

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1. KID FRESINO

昨年11月にリリースされたアルバム「ai qing」が各所の2018年のベストアルバムに選出されていたのがきっかけで知ったラッパー・トラックメイカー・DJ。このアルバムは僕も今年繰り返し聴いたお気に入りの一枚だ。

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初ライブを観たのは今年のフジロック1日目の深夜のレッドマーキーで、飄々とステージを右往左往しながら高速でラップを繰り出す立ち居振る舞いと時々見せる屈託のない笑顔が印象的だった。この時のライブはバンドセットかつ半分近くの曲でゲストラッパーが登場するという気合いの入ったセットリストで、アーティストにとってもやはりフジロックは特別な舞台なのだと思った。

その後も10月のボロフェスタ、11月のLIQUIDROOMワンマン、12月のSWEET LOVE SHOWERと、今年終盤に立て続けにライブを観る機会があり、特にワンマンはKID FRESINOの本領を遺憾なく発揮していたライブだった。中でもドラムの石若駿やトランペットの佐瀬悠輔が演奏に加わって披露された“RUN feat. KID FRESINO”は、音源の疾走感や緊張感が生み出す濃縮された高揚感をそのまま再現してみせた素晴らしいパフォーマンスだった。

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そのワンマンライブのアンコールではカネコアヤノが登場してコラボ曲を初披露したり、最近では三菱地所のCMに起用されたりとコラボや活動の幅を広げており、今後も楽しみだ。

 

2.荘子it(Dos Monos)

今年最も聴いたアルバムの一つが3人組ヒップホップユニットDos Monosが3月にリリースしたデビューアルバム「Dos City」だ。その「Dos City」のほとんどの楽曲を手掛けているのがトラックメイカー・MCの荘子it で、彫りの深い端正な顔立ちに長身という目を引くビジュアルや一度聴いたら忘れられない魅力的な声にはスター性を感じる。Dos Monosを“東京のヒップホップシーンに突如出現したバグ”と形容しているのを見たことがあるが、今まで音楽を聴いていて感じたことのない未知の生物と対峙しているようなスリル感と不気味さは正に“バグ”と言う他ない。

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Dos Monosのライブを初めて観たのは10月のボロフェスタの夜の部で、メンバー全員がステージを縦横無尽に動き回って汗を撒き散らしながらライムを刻むパフォーマンスは、予想していたよりずっとパワフルで熱量の高いものだった。今年は一回しかライブを観られなかったので、来年はもっと観る機会を増やせたらと思う。

今月リリースされたSHIBUYAMELTDOWN(渋谷の街中で泥酔した人などの写真や動画を投稿しているTwitterアカウント)のコンピレーションアルバムにDos Monosが提供した新曲“Dos City Meltdown”は「Dos City」以降の彼らの進化を伺わせるものであり、これから彼らが日本の音楽シーンにどのような“バグ”を引き起こしてくれるのか期待したい。

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3. 七尾旅人

昨年12月にリリースした最新アルバム「Stray Dogs」が出色の出来だったが、今年は4月の恵比寿ザ・ガーデンホールでのレコ発ツアーワンマン、7月のフジロック、10月の吉祥寺Star Pine's Cafeでの向井秀徳との2マンと、何度かライブを観る機会があった。七尾旅人は今回挙げた10人の中では恐らく一番古くからライブを観ているが、僕が観てきた中では今最も充実した良いライブをしていると感じる。

向井秀徳との2マンの時に七尾旅人のライブを観ながら、今バンドと弾語りの両方で心底感動できるパフォーマンスをする七尾旅人大森靖子の対バンが観たいと思ったのを覚えている。特に七尾旅人の“きみはうつくしい”が大森靖子の音楽とどう共鳴するのか、一度見てみたい。

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4. 小袋成彬

今回挙げた10人の中で唯一、今年現場に足を運ぶ機会が無かったアーティスト。というのも彼は現在イギリス・ロンドンへ移住しており、今年日本におけるライブ出演はしていない。そんな彼を挙げた理由は、今月リリースされた「Piercing」が個人的にアーティストと音楽との関係性や2020年代の新しい音楽の可能性についてまで考えさせられた、奥の深いアルバムだったからである。最初に聴いた時は掴みどころがなく、あまりピンと来なかったのだが、聴き終わるとなぜかまた無性に聴きたくなり、そうして繰り返し聴く度に新しい発見があり、次第にハマっていってしまった不思議な魅力のある作品だ。トータルで32分15秒という短さもついリピートしてしまう要因の一つだと思うが、先ほど挙げたDos Monosの「Dos City」もアルバム全体の長さは34分50秒であり、このことはサブスク時代におけるアルバムというフォーマットの在り方が変化しつつあることを示しているのではないかと思う。

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彼は今年前半にTwitterで以下のような投稿をしており、今作を聴いているとその姿勢を貫いて作り上げたアルバムだと感じるし、2020年以降における音楽の方向性についても少なからず示唆を与えていると思う。

昨年のフジロック出演時のインタビュー動画を見返すと、この時に彼は人前に出ることに対して居心地の悪さを感じていることや、今後も何をしたいのか自分でも分かっていないといったことを吐露しており、モラトリアムの只中にいたことが分かる。 

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それから「Piercing」をリリースした直後に以下のようなツイートが出来るようになるまで、この1年半の間に彼はとことん自分自身と向き合って自分のやるべきこと・やりたいことを考え抜いてきたのだろう。

そんな彼の姿勢を目の当たりにして、僕も自分を変えるためにはもっと徹底的に考えなければならないことを気付かせてくれたし、そういった意味でも彼は2019年の最後に僕に対して大きな影響を与えてくれた人だ。

 

5. イ・ラン

評判は少し前から耳にしていたが、3月に渋谷WWWとWWW Xで行われたAlternative Tokyoというイベントで初めて彼女のライブを観た。イ・ランの曲は一部を除いて歌詞が韓国語のため、ライブでは歌詞の日本語訳の字幕がスクリーンに投影される。そのため、まるで映画を観ているような感覚になると同時に、その文学的で美しい歌詞の朗読を聴いているような気分にもなり、不思議な没入感を覚える。この時のライブで最後に披露された“나는 왜 알아요(私はなんで知っているのですか?)”“웃어, 유머에(笑え、ユーモアに)”のメドレーは、イ・ランの歌声とチェロ奏者のイ・ヘジの演奏が放つ神々しさに鳥肌が立つのが止まらなかった。その一方で、曲間にはたどたどしい日本語のMCで会場を沸かせるという緊張と緩和の巧みさで、僕はこのライブで完全に彼女のファンになってしまった。

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それから今年は7月の草月ホールでの柴田聡子との2マン、10月の仙台と11月の東京での折坂悠太のツアーでの共演でパフォーマンスを観る機会があった。折坂悠太とのライブで披露された韓国の歌手ハン・ヨンエの“조율(調律)”のカバーは、祈りを込めた歌詞と2人の歌声が紡ぎ出す情感が胸を打つ、今年最も印象に残った曲の一つだ。

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日本と韓国の歌手がこうやって国籍を超えて美しい音楽を奏でていることはとても意義のあることだと思うが、世の中にはほとんど知られていないであろうことは少し残念だ。

 

6. 前野健太

今年は5月に渋谷WWWでの前野健太と世界は一人バンドのワンマン、7月にLOFT HEAVENでのソロ弾語りワンマン、8月にLIQUIDROOMでの5lackとの2マン、11月に鶯谷ダンスホール新世紀でのワンマン、今月も調布Crossでの塩塚モエカと佐藤千亜妃との3マン、銀座音楽ビアプラザライオンでのソロ弾語りワンマンを観に行ったが、前野健太不惑を迎えてからますます歌手として脂が乗ってきていると感じる。ダンスホール新世紀でのワンマンは僕が観てきた中でのベストライブだった。

40代になってもアップデートを続ける前野健太の姿は、僕が好きな今の20代・30代の歌手の人達も同じようにやれる可能性があることを示してくれているようで希望を感じるし、僕自身にとっても年を取ることを前向きに捉える気持ちにさせてくれる。来年はこれまでライブで披露されていた新曲の音源化も期待したいが、彼の活動はいたってマイペースなので気長に待ち続けたいと思う。

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7. 折坂悠太

彼を知ったのは昨年10月にリリースされて今年のCDショップ大賞も受賞したアルバム「平成」がきっかけだ。

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今年1月の渋谷クラブクアトロでのShohei Takagi Parallela Botanica(ceroの高木晶平による新バンド)とVIDEOTAPEMUSICとの3マンで初めてライブを観てから、3月のAlternative Tokyo、5月のキネマ倶楽部でのワンマン、9月の京都音楽博覧会、10月の仙台・塩竈市杉村惇美術館でのイ・ランとの2マン、11月の東京ヒューリックホールでのツアーファイナル、今月の新木場スタジオコーストでのSWEET LOVE SHOWER新宿LOFTでのHave a Nice Day!とeastern youthとの3マンと、数多くライブを観る機会があった。その中でのベストパフォーマンスはSWEET LOVE SHOWERの重奏形態での“朝顔”だった。“朝顔”は月9ドラマの主題歌にもなり、間違いなく彼の2019年を代表する一曲だろう。

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そして個人的に彼の2020年の鍵を握る曲になると思っているのが、まだライブでしか披露されていない新曲の“炎(ほのお)”だ。この曲が最初に演奏されたのは恐らく10月の仙台でのイ・ランとの2マンにおいて「さっきまで詞を書いていた」と言って披露した時で、11月の東京でのツアーファイナルで歌った際に曲名が“炎(ほのお)”であることを明かしていた。彼は音楽の作風からすると意外だが、インタビューやライブのMCで野心的な一面を覗かせることもあり、2020年は戦略的に立ち回って大躍進を果たす可能性も秘めていると思っているので、来年の彼の活動にも注目していきたい。

 

8. 向井秀徳

今年の日本の音楽史に残る重大事件の一つといえば、何と言っても2月に発表されたナンバーガール再結成だろう。

僕のナンバーガールに対する想いは過去のブログでも度々零してきたが、僕がブログのタイトルにもしている“現場主義”を標榜するようになったのもナンバーガールをリアルタイムで観られなかった経験が大きく影響しており、それだけ僕にとってナンバーガールは偉大な存在だ。再結成一発目のライブとなるはずだったライジングサンは台風の影響で残念ながら中止になってしまったが、その後の9月の京都音楽博覧会で念願の初ライブを観ることができた。そして今月には豊洲PITでのワンマンライブを観ることができたのだが、僕が十数年間に渡って拗らせ続けた想いに現役感バリバリの演奏で応えてくれた、本当に素晴らしいライブだった。

今年は向井秀徳としては他にもソロのアコースティック&エレクトリックのライブを3月の渋谷La.mamaでのカネコアヤノとの2マンと10月の吉祥寺Star Pine's Cafeでの七尾旅人との2マンで、ZAZEN BOYZのライブを4月のアラバキロックフェス、5月の新木場スタジオコーストワンマン、7月のLOFT HEAVENでの山下洋輔ニューカルテットとの2マン、10月の赤坂ブリッツでのLEO今井との2マン、そして京都のボロフェスタで観た。ソロやZAZEN BOYSのライブを観ていると、ナンバーガールを再始動したことでこれらのライブが疎かになるどころか、相乗効果でますます良くなっていると感じる。それは向井秀徳が純粋に音楽を楽しんでいることの証だと思うし、ファンとしてはそうやって良いライブを観られることは何より嬉しい。ナンバーガールのライブはチケットの入手が困難でなかなか観に行くことができないが、今のところ丁度このブログを書いている年末の幕張メッセでのカウントダウンジャパンと来年3月のZepp Tokyoでのワンマンライブを観られる予定なので、しっかりと目に焼き付けたいと思う。

 

9. 峯田和伸

僕の人生におけるベストライブを更新したのが今年7月のフジロックで観た銀杏BOYZだった。僕はライブを観て泣くことがほとんどないのだが、フジロックのグリーンステージを目の前にした時に湧き上がる何とも言えない高揚感や、肌に感じる空気、降りしきる雨、自分自身の体調に至るまで、あらゆる要素がピタリとハマって感情の毛穴が全開になったところに、峯田和伸の体液に塗れた醜くて美しい魂をぐいと捻じ込まれて今まで触れられたことのない心の奥深くにあるスイッチを入れられ、途中からライブを観ながら涙が流れるのが止まらなくなってしまった。今思い出しても熱いものが込み上げてくるし、あの感情をこれからの人生で再び味わえるなら頑張って生きてみようとすら思わせてくれた、奇跡のような体験だった。

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今年は他にも1月の日本武道館でのワンマンや8月のライジングサン、9~11月の大森靖子の47都道府県ツアー(富山、山形、東京公演に峯田和伸がゲスト出演)と、何度かパフォーマンスを観る機会があった。6月に大森靖子がリリースしたシングルでは表題曲「Re:Re:Love」を共作しており、今聴き返すと改めて良い曲だと思うし、いつか2人の作曲と作詞の役割を入れ替えるなどして再びコラボ曲を作ってくれたら嬉しい。

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この大晦日には峯田和伸Spiritualizedの2マンライブを観る予定があり、夢にも思っていなかった意外な組み合わせなので楽しみだ。

 

10. 大森靖子

今年一番現場へ行った人であり、一番傷付けた人であり、一番尊敬している人であり、一番怒らせた人であり、一番近くにいる人であり、一番遠くにいる人であり、一番好きな人。今年現場に行った回数はファンクラブイベントや彼女が昨年発足させたアイドルグループのZOCのライブも含めると40回で、ここでは全てを列挙することは控えるが、その中から個人的なベストライブを選ぶとすれば、まずは5月のビバラロックだ。大森靖子の魅力が一番分かるのはワンマンライブだと思っているが、一方でフェスなどにおいて今まで彼女のライブを観たことがない観客を“刺し”にいくようなライブも好きで、ビバラロックは恐らく大森靖子としては最も多い数の観客を相手にしたステージだったのではないかと思う。そんな大舞台で披露されたライブは僕の中での大森靖子史上のベストライブで、彼女が歌手としての極致に達してしまったのではないかと思ったほどだった。象徴的だったのは最後の“死神”が終わった後、拍手も歓声も起きずに数秒間の沈黙が出来たことで、さいたまスーパーアリーナに軽く1万人以上はいた観客を完全に制圧していた。

そして今年6月から11月にかけて行われた全国47都道府県ツアーでの個人的なベストライブは、ファイナル直前の46箇所目の札幌公演だった。この時のライブやその前後の出来事については別のブログに書いているので、興味がある方は読んでみてほしい。

その47都道府県ツアーの札幌公演やファイナルの東京公演、そして今月に大阪と横浜で行われた大森靖子としては初のストリングスコンサートにおいて、3つの趣を異にした新曲“シンガーソングライター”“KEKKON”“真っ赤に染まったクリスマス”が披露されている。いずれも大森靖子ネクストステージを予感させる楽曲であり、来年これらを含めた新作のリリースが待ち遠しい。そして既に来年の全国ツアー開催も発表されており、ライブ活動のスピードも緩める気はなさそうだ。最後に、2019年を振り返った時に彼女に伝えたいことは色々とあるが、ここでは一言だけ、こんな僕に愛されることを諦めないでくれてありがとう、と言いたい。

 

2019年は個人的にあまり新しい音楽を開拓することができなかったものの、最高を更新するライブをいくつも観ることができた、非常に充実した一年となった。2020年は今回挙げた人達も引き続き追いつつ、洋楽を含めた新しい音楽との出会いを増やしていきたいと思っている。来年は自分の仕事が忙しくなりそうなこともあり、広く浅くならないようにするためにも音楽の聴き方や現場への行き方を見直す必要がありそうだが、それでも音楽は僕にとって生きがいと言っていい大事な人生の一部なので、来年も良い音楽、そして人に出会えるよう、丁寧に、真摯に音楽と向き合っていきたいと思う。